劇薬を孕んだ指先で





「なんだ、美人がいると思ったらみゆじゃねぇか」
「どちら様ですか」
「つれないねぇ」

上等なスリーピーススーツに見合わぬ安酒が注がれたグラスを傾ける。私の物言いたげな視線を捉えた男は「俺はこれが好きなの」と笑う。伏せた睫毛が作り出す陰影に、そうだ、彼は美形なんだと他人事みたいに思い出した

「此処で会ったのも何かの縁だし、今夜お兄さんとどう?」
「寝言は寝て言ってくださいね」
「同じベッドで聞いてくれるならな」

こうして二階堂大和と接触するのはタブーだ。署員が血眼になって探している指名手配組織、しかもその頭。下手をすれば手に取っているのはグラスではなく、互いの銃であってもおかしくない

肩に伸ばされた手を払ってオイル漬けのチーズを口に含む

「あいつらは、上手くやってんのか」

一瞬だけ、僅かに垣間見えた署長としての表情。裏切っていたのはそっちのクセに苦しそうな顔をするなんてなんのつもりだ

真面目で心根が優しい一織、誰よりも明るく前向きな三月、マイペースだけど仲間想いな環、いつも一生懸命な陸

それぞれ思うところはあるものの、彼らは前を見つめて踏み出した。もう迷わない、躊躇わないと

私はその邪魔をさせるつもりはない

「それは自分の目で確かめてください」

緩くした彼のネクタイを引っ張って、挑発的に笑ってみせる

気休めに頼んだブルームーンを飲み干し席を立つ。こうやって二階堂大和とだけの“秘密”を増やしていくのは癪な気がした。私達は敵同士。それ以上でもそれ以下でも無いから。他愛ない話をするのは今夜が最後

何も知らなかった頃は皆でこのバーでよく飲んでいた。少し前のことの筈なのに遠い昔のように思う。この人と環が飲み比べをして、そのうちに三月と陸も酔っ払って最終的に私と一織が潰れたメンバーをタクシーに乗せて溜め息を吐きながらも楽しかったと笑い合って

感傷なんて、もういらない

捨て去った筈の感情が偶然の再会で息を吹き返すなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。私は恋するヒロインなんかじゃない、悪を正す警察官なんだから

「もう帰ります。くれぐれも背後には気を付けてくださいね」

熱を帯びた頭と身体を冷やしたい。お代を置いて外に出たところで手首を掴まれ、反射で振り返る

「酔っちまったみたいだな。お互いに」

絡みつく熱の籠った視線。ああ、嫌だな。全部蓋をして隠してしまいたかったのに

薄い唇が重なり、一つに溶け合うような錯覚。唾液と共に混じり合ったアルコールの味だけが鮮明に残る

「また、秘密が増えたな」

視界の端でちらつくネオン街には気付かないフリをした



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