「好きだ」と言われた時、私にあったのは確かに嬉しさだった。大好きな恵に、好意を示してもらえた。ではその好意が男女のものだったのか、異性として見ているのかと言われると首を傾げるばかりなのだった。少女漫画のように行われた告白の後も、何日か経てば慣れてくる。私達は恋人というより、元の幼馴染に戻りつつあった。虎杖にも野薔薇にも付き合ったのかとは聞かれなかったし、私達は私達のままだった。それでもいいと思っていたけれど、恵はよくなかったらしい。
「俺達って恋愛感情で付き合ってるのか」
「さあ、どうだろう」
一つ言わせてほしい。私は恵との付き合いがどうでもいいわけではない。ただ幼馴染としての付き合いが長かったせいで、今更恵に抱く感情が恋愛のものなのかどうかがわからないのだ。恵にとってこれは由々しき事態だったらしい。
「はっきりさせた方がいいだろ。恋愛感情がないなら、他の誰かと恋愛する機会を奪ってることになるし」
私達がお互いに幼馴染の感覚のままだったら、幼馴染に戻れば済むはずの話だ。だがもしどちらか一方が恋愛感情を抱いていて、もう片方は幼馴染の感覚だったら? その場合はどうなるのだろう。地獄の蓋を開いたことに気付かずに、恵は真剣に考えている。私達が恋愛感情を知覚するための方法を。
「マッチングアプリとかやってみるのはどうだ」
一瞬時が止まったように感じる。とてもではないが付き合っている男女がするものではない。彼氏がいる状態で恋人探しをするのはマッチングアプリの相手にとっても失礼なのではないだろうか。私の疑問を見透かしたように、恵がつらつらと理由を述べる。
「恋愛する場所にいたら恋愛の何かが掴めるだろ。俺が好きだって思うかもしれないし、逆に他の誰かを好きになるなら俺が好きじゃなかったってことだろうし」
「はあ」
恵は頭がいいようでたまに変だと思う。とりあえず私は恵に言われたままアプリをインストールし、登録の手続きを終えてベッドに寝転がった。登録写真を現在進行形で付き合っている彼氏に撮ってもらった人が果たして日本に何人いるのだろう。
ひたすらに通知の音を鳴らすスマホを手に取って、適当にいいねを返した。来るのはどれも同じような文面ばかりだ。いいねありがとうございます、趣味はなんですか? 面倒だから手っ取り早く会える人を探した。噂ですぐ会いたがる人は体目当てだと聞いたことがあるけれど、私のマッチングアプリを使っている動機も純粋なものではない。
「会わん?」
それだけ送ってきた人に返信をして、私は初めてマッチングアプリのアポに臨んだ。服装やメイクがおかしくないことは恵に確認してもらった。「よし、大丈夫だ」の太鼓判を貰って待ち合わせ場所に向かうと、相手はまだ着いていなかった。待ち合わせ時刻きっかりに、太陽の光を反射させながら金髪をなびかせる人が現れる。
「どうも。俺が直哉や」
私はマッチングアプリで出会った人が、私にアプリを勧めてきた彼氏の血縁だとは知らなかったのだった。
直哉さんは、なんというかそういう目的だということを隠そうとしなかった。一応カフェには入ったものの、前置きだということは隠そうとしない。
「仕事で関東に来ただけで、普段は関西におる」
「へえ……」
「だからたまにこうして気晴らしすんねや」
私が入れたのは遊び系のマッチングアプリではなく、それなりに真剣恋愛を求める人が多いアプリだったはずだけど、直哉さんは遊び目的のようだ。いっそベッドに押し倒されて、したくないと涙が出てきたら恵が好きな証拠になるのだろう。逆にできてしまったら、私は恵を好きではない。直哉さんは随分優れたリトマス紙に思えた。すぐにホテルへ連れて行こうとするし、その割には高めのラブホテルだ。身の回りの雰囲気からしても、お金持ちなのかもしれない。お金持ちもマッチングアプリで女漁りをするものなのか。
そんなことを考えながら私はホテルのエレベーターに揺られていた。到着音がして、直哉さんと部屋に入る。直哉さんは扉を閉めるなり私の腕を掴んだ。そのまま自由をなくし、壁に私を押し付ける。
「いけないことしようや」
「何でわかったんですか?」
私は咄嗟にそう言っていた。「いけないこと」というのはよくある表現かもしれないけれど、仮にも彼氏がいる身でマッチングアプリの男とセックスをする今の状況にふさわしい言葉だった。言葉を返されると思っていなかったのか、直哉さんは唖然としている。
「私、幼馴染と付き合ってて。自分の感情が好意なのか確かめるためにアプリ入れようって、それで」
今説明をしている私は恵が好きなのかもしれない。普通こんなことを聞いたら行為を続けようとは思わないだろう。普通の人ならば。
「他の男のもん奪えるんなら尚更ええわ」
直哉さんは口角を上げて私に顔を近付ける。
「なあ、呼んでみて? 彼氏の名前」
甘い声でそう言われた私は、素直に恵の名前を呼んだ。
「伏黒恵」
「……は?」
それまで私に彼氏がいようと抱く気でいた直哉さんの手が止まった。目は見開かれており、どこか爬虫類のような雰囲気を感じる。直哉さんはどうして、怒っているようなのだろう。
「伏黒恵って、あの伏黒恵か」
「多分そうだと思います」
恵という名前の男はなかなかいない。直哉さんは恵に面識があったのだろう。顔を手で覆って長く息を吐くと、「萎えた」とルームキーを放り出した。
「予約してもうたから部屋は好きに使えばええ。俺は帰る」
「はあ」
直哉さんはポケットに財布や何やらを詰めて出て行った。残された私は、とりあえず恵を呼ぶ。ラブホテルに一人でいるのはあまりにも寂しいからだ。恵はあまり時間を空けずに到着し、私の部屋を訪れた。私は直哉さんが恵と面識がありそうなことは省略して、結局恵への気持ちが恋愛感情なのかわからなかった、という話をした。恵は複雑そうな顔をしている。
「ラブホでその話するって誘ってんのかよ」
「え?」
私はせっかくならウェルカムドリンクや部屋の豪華さを恵と楽しもうとしただけで他意はない。だが、ここは「そういうこと」ができてしまう場所なのだった。
「もう直接確かめた方が早い」
そう言った恵に押し倒されたのは、直哉さんが去ってから三十分も経たない内の出来事だった。
/riri_order/novel/1/?index=1