アラカイ 一

執務室に、2人の人間が向かい合って座っていた。1人は和服に身を包み、小袖と袴を清潔に着こなしている。すぐ後ろには平野藤四郎が控えていた。もう1人はグレーのスーツを纏う表情の柔らかな政府職員の男であった。座布団1枚分程度の2人の間には、書類の束が1つぽつりと置かれていた。下敷きにされた茶封筒の端には政府の紋様があった。

「該当本丸の書類です」
「……ねえ、これさ」

審神者が顔を引き攣らせた。対するスーツの男は柔和な笑みを浮かべる。

「ええ、もうすぐお墨付きになる書類です」
「今すぐ追い出したい」
「そう言ってしないでしょ」

あたまいたーい、と審神者がコメカミを抑えた。どうせ拒否権のない仕事なのだ。引き受けるしかない。
審神者はひったくるように書類を引き取ると、サッと中に目を通す。1枚だけ書類を手元に残すと残りの書類を茶封筒に戻した。やや乱暴に後ろの平野に差し出すと平野が擦り寄って受け取った。

「私の部屋に置いてきて」
「かしこまりました」

立ち上がって奥の間に姿を消した平野を見送った審神者は、僅かに視線を鋭くしてスーツの男を見た。

「それで、これお墨付き案件なの?」
「明日には嫁入りする。彼女自体は悪い人間ではなくてね。いや問題はあるのだけれど、ほとんどの刀剣男士には離反の意がない。我々が入ったその瞬間から徹底抗戦だろう。荒事はまず避けられない」
「それで私なんだ?」
「君の刀剣男士、すごく戦意高いから」
「そう教育してるだけ。報酬は?」
「参加する刀剣男士の数によるけどね。5振提供をお願いしたい」
「選別はこちらで行う。いい?」
「ありがたい」

審神者は手元に残した1枚の紙を見た。
書かれているのは審神者の個人情報であった。優しげで可愛らしい女性の審神者であるが、この役人が『嫁入りする』と言うのなら、わりと人道から外れたことを行っているようだ。少なくとも法には触れている。

「………罪状は?」
「刀剣男士の売買、他本丸の刀剣男士の恣意的破壊。政府への損害が大きいと判断された」
「そらお墨付き頂くわ」

この役人は特殊な部署の職員である。その部署の案件に関わる者は本丸強制調査令状のことをお墨と言うことが多い。これは職員による内部調査が完了し、黒が確定した際に手続きを踏んで発行される。また、内部調査から強制調査に移行されることを嫁入りと言う。
つまり、この書類に書かれた審神者は明日には強制調査の対象となる手続きが踏まれる。
審神者が職員から依頼されたのは、荒事ありきの強制調査であった。というか、荒事が想定されなければ審神者は呼ばれない。多少なら政府職員だけで対処する。審神者──それもかなりの武闘派本丸であると自覚する審神者が呼ばれるということは、それだけ『ヤバい』案件だ。

「選別した刀剣男士は?」
「あとで送る座標に。あとはこちらからの指示を待っていてくれ」
「出たよよく分からない機密主義」
「本丸内で居場所特定出来るようなこと言いたくないんだよね」
「そんな気にするもんなの?」
「君は審神者なんだから少しは言霊を気にした方がいいよ」

審神者が嫌そうに顔を顰めた。する気ないな、と役人は目から光を消し去った。あまりオカルト方向には詳しくないこの審神者は、刀剣男士というオカルトな存在を率いている癖に運気や言霊をあまり信用しない。たしかに、物事に対して大きく影響するものではないが、それでも全く影響がない訳では無いのだ。特に言霊は。気を付けて頂きたいものであるが、当の本人が気にしない。

「三日月と同じようなことを言う」
「あれもその手の気合いに敏感ですからね。思うところがあるのでしょう」

ふぅん、と審神者が相槌を打ったところで襖が開いた。平野が戻ってきたようだった。

「刀剣男士同士の戦いになります。同士討ちに近いから、怨嗟由来の穢れを貰いやすい。間違っても刀剣破壊を行わないよう、特殊な呪いを施させていただきます。耐性や理解のある刀剣男士の選出をお願いします」
「…分かった」
「明日の8時に管轄窓口へ出頭してください。準備はお任せします。提供刀剣リストは私のメールへ」

それだけを言うと役人は席を立った。
この仕事の依頼のためだけにわざわざ出向いてきたらしかった。
忙しいだろうに、通信ではなく出向いてきたのは通信だと傍受される可能性があったのだろう。

「…仕事ですか?」

平野がおそるおそる聞いてきた。
審神者は深く息を吐いた。

「…頭を使ってもらうようなね」
ゆりのやうに