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“青い彼岸花”を見つけるべく散歩がてらに山を歩いていると出会った青年は夜には鬼が出るから寄って行けと言った。


その元凶である私に何を言っているのだろうか、と思わず口元が緩む。

 わざわざ面倒は起こさず、言う通りにしてやろうと思ったのは単なる気まぐれである。

その男は太郎と名乗った。畑仕事をしているおかげか筋肉はついているようだったがあまり食べないのか線は細かった。集落から離れた何もない山奥にぽつりとある家だから貧しく暮らしているのかもしれないと思ったが、意外と肉や野菜を使った夕食が出る。

 食べる必要性はないのだが人らしくしておくと決めたので大人しく食べると男は満足したように

「風呂を沸かしてくる」と言って家の裏手に回った。私に夕食を回したせいか自身は簡素な保存食をかじっていた。自分がひもじくするなら最初から人など入れなければいいのに。

わからん人間だ

 普段は自分が使っているだろう布団も私に寄越して本人は玄関先に近い場所へ後座を敷いて

「何かあれば起こしてくれて構わない」

そう言って私にゴロリと背を向けた。

寝られる気配も寝る気もないので横になるだけなる。たった一夜なのだ、この男もそのうち今日あった人間のことなど忘れるだろう。

もちろん、私も。


普段、鬼どもと過ごすとも多くの人間と過ごすことがほとんどでこんな退屈な日があってもいいだろう。


しばらくするとガタリと男が起き上がる気配がする。厠だろうか、それとも元々善意で迎え入れたのではなく何か奪う気だったのだろうか。大人しくしていようと思ったが殺されてやる義理もない。何かしてくれば殺そう。

しかし、一行に気配は動く様子もなくちらりと男の様子を伺う。


なんだ それは


男はこちらを向いて大層幸せそうな、安心したような顔で微笑んでいた。


なんだ、その顔はただ男が一晩山越えのために泊まっただけなのにするものなのか。


全く興味のなかった男が急に得体の知れないものに感じる。無表情だった顔が、知らぬ者相手にそんなに緩むものだろうか。その意味は。

男は他にはどんな顔をするのだ。泣く顔は、苦しむ顔は、他には。ぶわりと溢れた好奇心で支配される。


こちらの気持ちなど梅雨知らず男は完全に寝てしまったようだった。そんなことは許されない、私だけお前を気にかけるだなんて不公平じゃないか


そうだ、この辺には“鬼が出る”とこいつも言っていたではないか。


先ほどの顔など名残なく寝ている顔を上から見下ろす。さぁ太郎お前の色んな表情を私に見せてみろ。


人を食い散らかせば噂にもなろう。一度鬼になってしまえばどこに逃げようとだいたいの場所もわかる。逃げられまい。逃すまい。


「起きろ、太郎。鬼が出たぞ」


早く、私の元へこい太郎。人間から離れたお前はもう平穏には生きて行けまい。


さぁ、早く目覚めろ太郎。鬼が出るぞ。

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