05
「‥‥っあなた、‥‥誰ですかっ?」
生きてきて心臓の音がこんなにも早く、ハッキリと大きく聞こえたのは初めてだった。
夏でもないのに、異常な早さで喉が乾いていく。
冷たい汗が背中を流れる感覚が分かる。
「天音 隆道(あまね りゅうどう)を、知ってるらしいね」
「‥‥爺様っ??」
仮面の男の人が口から出したのは、大好きな爺様の名前だった。その名前を聞いた途端に、よりいっそう、心臓の動きが活発になる。
「彼の病状が、今朝悪化してしまったらしいんだ」
ひゅっ
うまく、呼吸が出来なくなった。
息を吸えない。
この人が何を言っているのか分からない。
「‥‥っでも、僕がこの学園に入ったから給付金が爺様の病院代に‥‥」
「君は何も知らないんだね」
カラカラの喉から絞り出すように出た言葉は弱々しく、顎を伝う汗のようにこぼれ落ちていく。
その人は怪しく口角を上げ、1歩ずつ僕に近づいてきた。
「君は彼の“アリスの形”を知らないんだね」
「え‥‥?」
爺様がアリスなのは知っていた。格闘のアリスで、とにかく強かった。たくさんの弟子達もいた。僕もその1人だった。
「天音 隆道は“アリスに底がない代わりに本人の寿命を縮める”アリスの形だということを、知らないんだね」
「なに、それ‥‥」
僕の頭で処理しきれない情報が彼の口からあふれでていく。
「これは天音隆道から君へ、と渡された物だよ」
彼の掌には真っ赤な石が乗っていた。
「君に渡すように頼まれたんだ」
「ありがとう、ございます‥‥」
僕に手渡された石は触れた瞬間に
「消えた‥‥?」
折角、爺様に貰った石なのに!
とっさに仮面の人の方を向けば彼はもういなくなっていた。
「何だったんだろ‥‥」
この石が、何なのか分からないし、本当に爺様からなのか分からなかった。
行平さんにこのことを話そうと思ったけど、長期の出張中だということを思い出してまた今度話すことにした。
1歩。
僕が、闇に片足をつけた瞬間だったのかもしれない。
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