パパの考えていることはよく分からない。
隣で機嫌よく運転している父を助手席から盗み見て、私は小さくため息をついた。

突然、父に拉致されたのが昨日の話。
自宅のベッドで眠っていたはずが、目が覚めたら父の車の後部座席に転がされていたのだ。
寝起きの私が状況を把握する前に車はテレビ局に到着し、それからはトントン拍子に楽屋に入れられてしまった。
聞けば、入りは早かったものの出番まではかなり時間があったので、その間の暇潰しにわたしを呼んだらしい。
パパの出番まで、楽屋でテレビを見たり映画を見たり近況を報告したり─、早い話が話し相手をさせられた。

無事に収録が済むと、ようやくパパはわたしを解放する気になったらしい。
彼はそのまま帰宅せずに次の仕事に向かうようだったけれど、「そろそろ愛称ちゃんをお家に帰してあげないといけませんね」と言ってまたもや車に押し込まれた。
それがつい一時間ほど前の話。

車窓をびゅんびゅんと過ぎてゆく首都高速の景色を辟易と見遣って、わたしはもう一度堪えきれないため息を吐き出した。
こういうのは本来ほっちゃんの役目で、むしろ私はパパやママと何か意味不明なことをしでかして彼を困らせる立場にいるはずなのだけど。
パパのことは大好きだし、それどころか世界で一番好きだ。
けれどなんとなく、パパと二人きりの空間は息が詰まって苦手だった。




「おや、これはあれですかね、いま流行りの煽り運転とかいう……」
「え?……うわ、ほんとだ……煽られてるといえば確かに煽られてるような……」


ここにほっちゃんがいないのが嫌だなあ、助けてほしいなあ。
そう考えていた時、突然に父はサイドミラーに映る後続車を見て呟いた。
倣って私も後方を振り返ると、なるほど確かに煽っていると言われれば言い逃れのできないような走行をしている後ろの車が目に入る。
困るな、パパは芸能人なんだから事故なんか起こしたらとんでもないことになるんだけど……。
そっと運転席の父親を見上げると、彼は至極楽しそうに、にこにことハンドルを握っていた。


「これは僕の華麗なハンドル捌きをお見せする時がきたかもしれません」
「えっ、何言ってんのパパ……ってだめだって!!なにアクセル踏み込もうとしてるわけ!?」
「売られた喧嘩は買った方がカッコイイでしょう?」
「かっこよくない!!煽り運転はダメなの!!煽り運転にのせられて暴走するのもだめ!!」
「……愛称ちゃん、大人になりましたね……常識的になったというか。1年前の君なら“わーい!パパのかっこいいとこ見せて♪“って一緒にふざけてくれたのに……」
「普通の世界に身を置いたらちょっと落ち着いたの。」

父はこの雑談の合間にも、それなりに法定速度をまもりつつのらりくらりと後続車を交わしている。
ドライブレコーダーはつけてますから、何かあっても安心してくださいねと微笑んで、彼はそそくさと高速を下りて下道へと車を走らせた。
高速下りちゃったから、家に帰るまで時間がかかるなあ。
それはつまり、父と二人きりの時間が長く続くということで、わたしは憂鬱を隠しきれずにスマホへと手を伸ばした。
LINEを開いて、無意識にほっちゃんとのトークルームを指先でなぞる。
今頃はきっと、Trickstarのレッスン中だ。
たぶんここに“パパと二人なのしんどい“と書き込んだとして、既読がつくまでに少なくとも二〜三時間はかかる。
それでも吐き出せるところに吐き出してしまえと、そろそろと隣のパパの目を盗んで一文字一文字、メッセージを送った。

“助けて“
“パパと二人きりなのやっぱりしんどい“

「……」

送ってしまえば不思議なもので、既読がつかなくてもなんとなく心が落ち着く。
ほっちゃんのLINEのアイコンがおばあちゃんが作ったおはぎの写真だからかもしれない。
そういういつもの平穏な生活のカケラに触れるだけで“氷鷹誠矢“が隣にいることがすこし和らいで、私はほっとスマホを制服のポケットにしまい込んだ。


「LINEですか?」
「えっ、うん……」
「ふうん、彼氏ですか?」
「か、かっ……!!ち、ちが……いや、ちがわな……違う!!違うもん!!」
「はは、そんなに力いっぱい否定しなくていいですよ。君も年頃ですから彼氏の一人や二人いたって驚きません。ほんの1年前までは恋愛禁止の世界で生きていたんですから、自由に生きられるようになって毎日楽しいでしょう。学院はアイドルを目指す綺麗な男の子ばかりですし、愛称ちゃんのお眼鏡に敵う子も何人かいるんじゃないですか?」
「いないってば……!!っていうか恋愛禁止だった生活が長すぎて今更そんな気分になれないし……」
「でも、ママから聞いてますよ。家でよく“瀬名くん“の話をするって」
「瀬名泉は嫌いだからママに愚痴ってるだけ!!」

パパはそうですか、とちっとも納得していなさそうな顔で笑って、下道を先へ進んでゆく。
瀬名泉なんかと関係を疑われたことが不満で、わたしは口を尖らせてふんっと車窓にもう一度視線の置き所を求めた。


「かっこいい子ならいくらでもいるでしょうに、この子はどうも勿体ないことをしていますね……」
「勿体なくないの。っていうか、そんなにかっこいい子たくさんいないし……ほっちゃんが一番かっこいいもん。」
「ふぅん……ほっちゃんが一番、ねぇ。」
「……ほ、ほっちゃんはパパに似てるからいちばんかっこよくて当然なんだけど!!!遺伝子!!遺伝子の勝利みたいな!!」


面白そうに瞳を覗いてくる父から勢いよく顔を逸らして、あつくなりはじめた頬を冷たい窓ガラスに押し付ける。
パパのこういう目が苦手だ。
何を考えていても、すべて見透かされてしまいそうな鋭い瞳。
そこがかっこいいのだけれど、この瞳に一個人として見つめられるとむしろ痛い。
苦しいくらいどきどきと騒ぎはじめた心臓が気持ち悪くて、わたしはもう一度手慰みにスマホを取り出した。


「あれ、」


ぴこぴこと緑色のランプが点滅してる。
ホーム画面のLINEに着信が一件。
もしかしてと期待してアプリを起動すると、やっぱりほっちゃんから返信がきていた。


“今どこだ。車ならすぐ降りろ。最寄りの駅まで迎えに行く。“


レッスン中のはずなのに。
大事なユニットレッスンを放り出してまでわたしを迎えにきてくれるという彼の言葉が嬉しくて、つい頬が緩む。
もちろん、ドロップアウトした私とはちがって真剣に芸能界を目指すほっちゃんの邪魔をするつもりもないしTrickstarの邪魔をするつもりもないから、“迎えにきて“なんていわない。
けれどすこしほっちゃんに甘えられたら、そして私を慮る言葉が聞けたら。
それで満足なのだ。それだけでわたしはどこまででも自力で歩ける。
面倒な女だと自覚はしているけれど、今はまだこうしてほっちゃんに守られることを許してほしい。
誰に祈るでもなく手を組んで、宝物のようにその言葉を胸にしまった。


「……!」
「おやおや……名前も北斗もひどいですねえ、こそこそ隠れてまるで僕を悪者のように」
「パ、パパ……」


彼は器用に運転をしながら、私のLINE画面を覗き込んでいた。


“助けて“
“パパと二人きりなのやっぱしんどい“
“今どこだ。車ならすぐ降りろ。最寄りの駅まで迎えに行く。“


─見られた。
ひやりと背を伝う冷や汗と共に、みるみるうちに血の気が引いてゆく。
パパは愉快そうに笑うと、片手で私の頭をポンポンと撫でた。


「お家に帰してあげようと思いましたが……。そう簡単に可愛い愛称ちゃんをほっちゃんに返してしまう気にはならないんですよね、やっぱり。」


くるりとハンドルが切られる。
華麗に右折した車は国道へと引き返し、父は都合よく現れた首都高の入り口へと再び車頭を向けたのだった。
─車から、降りられないように。




(逃げられるわけなかった/氷鷹誠矢)


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