深夜に食べるカップラーメンは最高である。
この背徳的な楽しみを知ってから、私の人生は宵の空に顔を出す一番星が如く輝き出した。
醤油、塩、味噌、豚骨、魚介。
何を食べても美味しいし、具に何かをトッピングすれば更に美味しい。
最近、スバルくんからごま油を一滴落としただけでも美味しいと聞いたので試してみたけれど、お手軽なのに驚くほど風味が深くなって思わずラーメンを拝んでしまった。
正直、日々樹先輩が見せてくれるマジックよりも驚いた。
ごま油を一滴落としただけでぐっと醤油の旨味が引き立つなんて、誰が想像しただろう。
やはり世界はAmazingに満ちている。
「はー、おいしー!」
「……。」
「本当においしい……ほっちゃんも食べる?」
「食べない。というか、こんな時間にラーメンなんか食べたら太るぞ。」
「太るリスクを冒して食べるラーメンが美味しいの!」
呆れたと言わんばかりの視線を送ってくるほっちゃんも無視して、ずるずると麺を啜る。
喉へつるんと落ちてゆく卵麺の美味しいこと。
あっさりめの醤油スープはほどよく塩分が効いていて、いくらでも食べられそう。
本当に美味しい、この世にこんな美味しい食べ物があったなんて!
メンマをしゃきしゃきと噛み割きながら、わたしは恍惚と頬を緩ませた。
「太るリスクを冒す─とは言うが、本当に太ったらどうするつもりだ?」
「う〜ん、そうだな……うん、普通ならダイエット〜って流れになるんだろうけど、よく考えてみたらわたしってほら、痩せすぎじゃない?」
「はあ?」
「ほっちゃん達も春頃は散々わたしに言ってきたじゃない!『食事制限しすぎ』『痩せすぎ』って!」
「まあ……、あの頃のおまえは病的に食事制限もしていたし、どこからどう見ても細すぎて虚弱だったからな。」
「ね?それに、わたしまだかなり細いでしょ?ほらほら、二の腕とか触ってみなって。」
「……。」
贅肉の「ぜ」の字すら読み取れないわたしの二の腕を遠慮がちに触って、ほっちゃんは渋い顔をした。
全身どこを見渡しても余計な肉のついていない均整の取れた身体。
この華奢な体型は、アイドルだった頃の遺産だ。
現役の頃は、それこそ「病的」に毎日カロリー計算をして体型の維持に努めていたから、考えてみれば365日サラダとスムージーと茹でたチキンばかりの生活で、お米とか小麦とか砂糖とか塩とは無縁だった。
そのお陰でこのしなやかなプロポーションを保っているわけだけれど、アイドルやモデルならともかく一般人としてはわたしって細すぎじゃない?
ちょっとくらい太った方がいいんじゃないかな?
こんなに細っこいと体力勝負のプロデューサー業も務まらないし?
へらへらと笑いながらそんなことを言ったら、ほっちゃんはため息をついてわたしのおでこにぺしっと指を叩きつけた。
「いたぁい!」
「確かにおまえは細い。細すぎると言ってもいい。しかし、こういう油断が元でうっかり太りすぎたらどうするんだ。」
「太りすぎはよくないけどさ〜、でもちょーっとくらいお肉つけた方がよくない?わたし、本来ならお肉がなきゃいけないとこもぺたんこだし……。」
「……。」
ほっちゃんの視線が、わたしの平らな胸元に注がれる。
おそろいの青い瞳に点されたのは、はっきりとした「哀れみ」だった。
「まあ、確かに。」─、視線は正直だ。
彼は完全に、わたしを可哀相な子だと思っている。
どれだけ顔が整っていたって、女として致命的な部分に欠落が生じていると─、わたしを哀れんでいる。
いくら家族といえど無遠慮なそれにお腹の底がむかむかとして、わたしはキッと瞳を吊り上げた。
「どこ見てんのよ!えっち!」
お返しに、ほっちゃんのおでこを指の腹で叩いてやる。
深夜のリビングに響いた“ぺしっ“という音は、やけに間抜けだ。
それが悔しくて、わたしは頬を膨らませた。
「確かにそこに膨らみがあればじろじろと見ては申し訳なかったが、おまえのそこはただの更地……」
「言ったなー!!もう許さん!!えいっ!深夜ラーメンの刑に処す!」
「うわっ、お、おい!ぐはっ、」
「はい、ほっちゃんも深夜にラーメン食べた〜!あーあ、アイドルなのに。ラーメン食べちゃったね。わたし知〜らないっ。」
「おまえが無理矢理食わせたんだろう!」
「ほっちゃんが失礼なこと言うからだよ!」
ぎゃいぎゃいと言い合いをしているうちにも、ラーメンを掬う箸は止まらない。
そして気がついてみれば、何だかんだ言いつつもほっちゃんもしれっとわたしの箸を取ってラーメンを口へ運んでいた。
あの自制心の強いほっちゃんですら、香ばしい湯気の誘惑からは逃れられない。
結局、人類は深夜のラーメンを我慢なんかできないのだ。
この背徳とカロリーの先に充足があると、一度でも知ってしまったら。
(背徳の味を知っているか)