マイナスイオン相乗効果

「ほら、リノ!ちゃんとシーツ引っ張って」
『……』



意義申し立てを申請したい。手を動かしながらリーザさんの指示通りシーツをピンと張らせる。洗いたての太陽の香りがするその洗礼された真白なシーツ。それら含むベットメイキングを紫獅塔にある室内全て整えるのが今日の仕事であった。紫獅塔には王や八人将など親しい官たちの私的住居空間になっている。極僅かな者たちしか出入り出来ない所をリーザさんが任されているという事は、彼女がそれだけ王に忠誠を誓い、尚、それを認められ今の地位にいるのだろう。彼女は侍女の中でも相当上の地位にいる程のやり手だった。同い年だというのに、これほどの違いを見せつけられると、何となしに劣等感がふつふつとわき上がる。ああ、おこがましい。相変わらずの表情筋が動かない素晴らしい私の事などリーザさんは三日で慣れてしまった凄い人物でもあった。元からそういうことを気にしない人なのかもしれない。あまり深いところにもついても来ないから。ただ驚かれた事は、私と同い年だということを本人が有り得ないと叫んだ程。どうやら私の童顔は筋金要りの素晴らしい出来のようだ。年齢不詳だの、16歳の少女にしか見えないなどと言われて、永遠の16歳だったら格好良かったのにとユニに溢したら。



《 何言ってるの?!君はそのままでも充分可愛いし!寧ろ歳なんて今更関係ないよ。だってもう歳取らないから 》

『だよな』

《 ん?どうしたの?掃き終わったら次は花瓶の水交換だって 》

『そうだった。ありがとうユニ』



ユニとよく喋るけれど、ユニは私以外視れないから総ての発言が独り言になる。時々リーザさんに。



「何と交信しているの?」



と、言われて最近はそれらに反応せずにわかる単語だけを抜粋して会話をするという高度なテクニックを使うリーザさん。どんどん私専用にカスタマイズされているのは気の所為だろうか。花瓶を片手に溜息を溢した。ああ、情けない……。



「あ、そこの君」
『はい』



武官に呼び止められる。振り返ると屈強そうな男だった。だけど、そんな彼には不釣り合いな蔵書の数々にますます眉を寄せた。そんな事気にすることもせずに、それらを首で元に戻せって命令してきた。思わずじっと相手を見つめた。だけど反論はせずに二言返事で黍しを返して本が収容されている図書館へと向かう。



《 まったく女の子にこーんな重い物持たせるなんて男の風上にもおけないよ!僕も持つ 》

『いや、持てないだろう』

《 …… 》

『気持ちだけもらっておく』



可愛い少年ユニは、いつも気遣ってくれる。誰に声をかけられても無表情な私の周りはとても閑散としている。あまりにも慣れた光景だったため気にも留めていなかった。だが、ユニが当たり前のように傍にいてくれるから、私はまだ妙な気分が抜けない。



《 図書館って行った事無いね!君は本が好きだから何か面白いのがあるといいね 》

『そうだね。でも今はこのシンドリアの事についての本が読みたい』

《 ……やっぱり君は面白いな 》

『なにその心外な言葉』



楽しそうに笑うユニと歩いていると突然後ろからリーザさんが突進してくる勢いで首に腕を回して保守してきた。思わず立ち止まる足元。首が軽く閉まっていて正直苦しいのだが…。



「もう、探したじゃない!一体どこでサボっていたの?」
『サボってないですよ。今、オッサンにこの重い本を図書館へ戻せと顎で使われてる途中です』
「言葉に気をつけなさい」



頭に手刀を喰らう。リーザさんは不思議な人だ。こんなつまらん私の傍に何故か来たがる。そして、彼女にだけは見つかってしまう。どこに居ても。ちなみに、ここはシンドバット王の仕事部屋に近く、中庭では八人将の皆さんが勢ぞろいしている。誰にも見つけられない私をリーザさんだけは見つけるのだ。



《 影薄いっていうかヒロイン体質を失くしちゃったからね。元々ヒロイン体質だったのに 》



ユニ曰く、美形なお兄さんお姉さんに見つけられやすいスキルを持っていたのにそれが今皆無なので誰にも見つけられることのない日影にひっそりと咲く雑草に過ぎないらしい。何その村人A素質。最高じゃないか。



《 よくない!よくないけど僕的には大変おいしい!……でも、それ以外にも原因は色々とあるんだけどね 》



ユニは寂しそうに笑った。それを横目にいつまでも人の首を保持しているリーザさんに用件を聴くとどうやら彼女も黒秤塔に用があったらしいのでそのまま二人で並ぶ。



「本当は一人でも事足りるんだけど…学校は学師さんや勉学に長けている人の神聖な場所だから…少しばかり気遅れしちゃって」
『そうですか……リーザさん一つ雑学を』
「雑学?」
『頭が良いと賢いは違うんですよ』



そう言うとリーザさんは、気の抜けたように笑った。なにそれって言いながら。その表情に安堵しながら、私達は黒秤塔へと向かう。
リーザさんはきっと気がつかないであろう。私があなたに対して酷い劣等感と罰当たりな恨みを持っていることを。能天気に笑う彼女を私は好きにはなれなかった。だが、好き嫌いではない。ユニと約束をしてしまった以上、この生が続く限り私は生きなくてはならない。でも、だからと言って、私は、私以外の人間を傷つけることを臆する事はなかった。今は、大人しく彼女の指示に従うだけ。別に構わない。

誰一人、軽蔑した目で私を見たとしても、譬え孤独になっても、きっと私は平気な顔をしてそこに存在し続けるのだから…。



黒秤塔にやってくるとリーザさんは自分の仕事を果たすために一人学校へと向かう。私も彼女に倣って図書館のドアを開けた。司書に説明をすると親切に本を受け取ってくれたため私は手持無沙汰になった。まだ時間はあるようだし、彼女と約束してしまったため一人で戻る訳にも行かず、この図書館を探索する事にした。シンドリア関連の歴史やら地理やらを探していると、ユニがふわふわと空中を自由に飛びながら私に《 あったよ!こっち 》と教えてくれる。そんな彼についていくと、思わず拍子抜けしてしまった。



『案外少ないんだね』



数冊しかない本に視線を流しながら、一冊だけ手に取る。表紙を開く私にユニが説明してくれた。



《 シンドリアは一代で築いた国で、まだ小規模だから歴史も地理も浅いし狭いからね 》

『そっか。ユニは物知りだね』

《 …違うよ。僕はただ君のために覚えただけ。だって君にちゃんと説明出来ないと恥ずかしいじゃないか 》



頬をほんのり染めるユニに私は、クスリと笑う。きっと無表情だけど、それでも口元だけは弧を描いていればいい。ユニが嬉しそうに笑えばそれで満足だった。
窓辺に寄りかかりながら数冊しかない歴史書と地理書を抱えて、それを置き読み始めた。ページを捲りながら真剣に目で文字を追って脳に皺を刻んでいると、ユニが誰か来たと言って私は顔を上げる。驚いた事に、本棚から現れたのは政務官殿、ジャーファルさんだった。



「おや、あなたは……」



言葉はそこで途切れるが、見覚えがあることは確かなようで頭を悩ませている。そう言えばユニが言っていた現象が起こっているのだろう。彼とはもう三週間も会っていなかったから、記憶が掠れているのだろう。視線を逸らさずに見つめていると、彼は私の視線に気がついて、何やら戸惑ったように曖昧に微笑んだ。失礼な事をしてしまったようだ。頭を軽く下げると彼は慌てて手を左右に振った。



「すみません。女性に凝視されたことなどないもので」
『いえ、失礼な事をしました。確かに凝視するような女居ませんからね』
「あ、いえ!…すみません」



素直に頭を垂れる彼に、私の心はいつもより穏やかで、そう例えるなら心が帰郷しているかのようだ。そう言えば、からかうように言うとあの人もこんな風に可愛らしく慌てていたな…私より6歳も年上な元彼くん。彼にそっくりなジャーファルさんが目の前に居るなんて、ユニも結構悪趣味だな。


今なら穏やかに笑える気がした。
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