僕が君の代わりに殴るよ
彼女は気がついた。気がついてしまった。政務官ジャーファルの姿は彼女が付き合っていた恋人に瓜二つだったということに。
僕は、彼を知っている。彼は、あんなに優しい顔をして平気で彼女に酷い事をやってのけた。己の欲求だけを満たすそれだけのために、自分だけのものにしようとした。今でも身体が震えてしまう程、僕は頼りなく彼女の後ろに隠れてしまう。
彼女との慣れ染めは、彼女が大学生で彼が非常勤講師として彼女の大学にやってきた時だった。多分、彼の方が一目惚れだったんだと思う。目の前にいるジャーファルと違って、自信もなく少しだけ弱虫だった彼だけど。とても一生懸命だった。彼は彼なりに、彼女の事を全身全霊で愛そうとしてくれた。
「 栞那、私は頼りのない男です。きっとあなたに呆れられてしまう程に…。それでも、私は、あなたが好きです。それは誰にも決して負けません 」
『 ありがとう 』
だから、僕は祝福したんだ。少しだけ淋しかったけど、それでも彼女が幸せそうに笑う姿を見てしまえば、僕は拍手した。
だけど、何がいけなかったんだろう。何が彼を変えてしまったんだろう……。
彼女が少しでも異性と話せば彼は敵意を向きだすかのように、彼女に隠れてその相手を痛めつけた。それが異性には留まらず、最終的には同性にまで及んだ。それからの彼女の周囲は今の様に閑散としてしまい、独りぼっちになってしまった彼女を、彼は計算したかのようなタイミングでずっと傍にいた。その時の彼女は、ある問題を抱えていて、手を伸ばしてくれる、優しくしてくれる彼を心の底から信頼して、彼の家に半同棲のような状態を続けた。だけど、それは、真綿でくるんだような幻想で、本当は監禁されているとも知らずに彼女は半年間ずっと外にも出れずに小さな一室に閉じ込められていた。彼女に悟られないように上手に口八丁並べる彼。その真意を知った時、僕は後悔の念で押し潰されそうだった。僕は、未来を司る精霊。彼女の危機を救うのも僕の役目なはずなのに、僕は…彼女を護れなかった。塞ぎこんでしまう彼女の心の加護が消え失せてしまう。どうしても助けてあげたかった。だって、僕は、生まれる前から君の事が大好きだから。
「それは大変でしたね。今度からは頼ってください」
『ありがとうございます』
《 …… 》
現実に引き戻される。上を見上げると彼女に向かってあの日の彼と同じような笑みを浮かべて、優しい言葉をかけているジャーファル。そして、それを享受する彼女の無表情ながらもどこか、戸惑った念の籠った瞳に僕は、何をやっているんだと自分の拳を握り閉めた。何のために僕は、今、ここにいるんだ!彼女と会話が出来て、姿を見せられて浮かれている場合じゃない。彼女の後ろに隠れて怯えている場合じゃない。誰が一番不安なのか、そんなの一目瞭然じゃないか。僕は、今度こそ君を護ると誓ったんだ!あの日流した君の涙なんてもう見たくない、そのために……!
僕は一歩前に踏み出し彼女の目の前に立つと両手を上げて彼女を護るように背にした。突然の行動に彼女は驚いた眼差しを僕に向ける。
《 これ以上彼女に近寄らないで 》
『ユニ?』
「リノン。どう、しました?」
《 もう、僕は逃げない!君から彼女を護るんだ! 》
『……いいえ。まだ仕事が残っていますので失礼させていただきます、ジャーファル様』
「そう、ですか…あなたが興味があるというのなら僭越ながら私が選別しますよ?」
『はい。ありがとうございます、また寄らせてください』
僕の手を引いてこの場を去る彼女の足取り。きっと震える僕の肩を彼女は解ってしまったんだと思う。だから、ジャーファルから離れてくれた。ジャーファルに失礼な態度だと思う。彼女の交友関係を今から崩しにかかったような僕の行動に彼女は憤怒など抱いていなかった。図書館を出ると廊下の壁に背を預けて僕に声をかける。
『ユニ』
《 ごめんなさい。君の立場を僕はまた脅かしたね 》
いつだって先走る感情は、彼女の事など配慮していない。情けなくて俯いた。自分の小さな足の指を見つめて鼻の奥がじわじわと痛み出す。そんな僕の手を彼女は更に強く繋いだ。
もちろん、今も手を繋いだまま。傍から見れば空気に向かって手を掴むようなへんてこりんな姿。だけど彼女は何とも思ってない瞳で僕を見つめた。その優しい色合いが放つコントラストに僕は息を呑んだ。
《 どうして…僕を責めないの?君はあの時だって僕を責めなかった……っ! 》
眼線を合わせようと彼女が屈むから、僕は余所を向きながら怒鳴るように言い放つ。癇癪を起した子供みたいに。だけど、彼女は僕を抱きしめた。ぎゅっと、温かな彼女の温もりと鼓動の音が聴こえる。触れ合えている、その事実が僕の涙の決壊を崩した。頬にぼろぼろと大粒の涙が零れて彼女の肩を濡らす。頼りない僕の手が彼女の服を掴んだ。
『ありがとう』
お礼なんて言わないで…。僕の弱虫な心が小さな叫び声を上げて囁いた。僕は、大声を出して泣きながら彼女にしがみつく。救えなかった一度目の人生の時。彼女が責めたのは自分だった。僕を責めればよかったんだ。未来を責めればよかったんだ……なのに、彼女は自分を責めて、追いこんで……。僕は結局何も出来ていない。彼女を護る事も、見守る事も、助けてあげる事だって全然出来てない。だけど、そんな僕でも彼女はこうやって抱きしめてくれる。お礼を言ってくれる。それがとても嬉しくて、悔しくて、もっともっと強くなりたいって思うんだ。
『ソマリさんに脅えていたわけじゃなかったんだ』
《 うん…… 》
恥ずかしくてそっぽ向く僕の頭を優しいその手が撫でてくれる。顔を上げると柔らかに微笑んでいるかのような彼女の柔和な目元が語った。
『恐怖の対象に立ち向かうユニはとても勇気のある人だね』
そんな事言うから、僕は嬉しくて君の腰に腕を通して抱きついた。君が僕を甘やかすからいけないんだ。
ALICE+