真珠玉を転がして
ジャーファルさんの勧めさえも読み終えてしまい、今では独自に別のジャンルを探して読みふける毎日を休憩時間に過ごすのだが、今日は休日になったため、一日図書館で時間を有意義に使おうとリーザさんに内緒で訪れていた。あの人に言うと絶対に連れて行かれる。それだけは断固阻止の意思を胸に抱きながら、ページを捲る。人々は私の事など空気も同然のような扱いをする。それに不平不満はない。寧ろ心地よかった。誰にも干渉などされたくはないからな。本棚の死角になる窓際の一席に腰掛けて肘を立て顎を乗せ、読みふける。一人、探索に出掛けていたユニがどこか嬉しそうに帰ってくる。
《 面白いの見つけたよ 》
『へぇー、どんなの?』
《 転移魔法と回復術って奴 》
『……今某ネコ型ロボット思い出した』
《 うん。せめて魔女っ子関連にしようよ 》
『転移魔法って…ユニ、私は非科学的な事は信じないよ』
《 それを言われると……君の存在自体を否定する事になるよ 》
『……』
盲点を突かれた。一本取られた気分でユニを横目で窺うと、10歳にはとても見えない程大人っぽい表情で勝ち誇った顔をしていた。一体どこでそんな表情を学んだのだろうか、育ての親としては複雑な気分である。読んでいた本を閉じる。
《 君の周囲に視えるでしょ?金色の蝶が。それはこの世界では魔法の源なんだ。君は供物も体力も消耗せずに自由自在に魔法を扱うことが出来る、謂わば最強の魔法使いなんだ! 》
『……それビーターじゃない?』
《 何か別のアニメ出て来たね。チートって言われても、僕と共存してる辺りで、もうチート者だよ? 》
『そうだね。一回死んでるものね』
自虐的なネタが降って来た。ユニはあまりこういう悲観的な考えは好きじゃないみたいで、膨れていた。その頬をつっつくと首をふるふると振り話題の路線を無理矢理戻した。
《 君は魔法が扱える。勉強すれば使いこなす事が出来るんだから、読んで損はないんじゃないかな? 》
ルフに頼って彼が古びた魔法書を私に差し出した。緊張感が少しだけ漂っていた空気に、仕方なしにそれを受け取った。
『読むだけは読む。もう飽きちゃったし』
《 うん、そうだね。図書館の本、制覇したんだもんね 》
『結構面白かったんだけどな…やっぱり数が少なすぎるよ』
《 いや、結構な蔵書ばかりだと思うよ 》
ユニが《 本馬鹿 》ってぼやく。それに否定はしない。私は読書している時が一番心安らいでいるのだから…。その魔法書を読み始めると、これが中々面白かった。次のページを捲ろうとしたら遠くの方からざわついた声が聴こえて来た。図書館だと言うのに騒々しい。気にせずに読み続ける私にユニが《 うわっ、ジャーファル 》と言って毎度の如く臨戦態勢に入る。右ストレートが何とも可愛らしい。微笑ましく眺めているとジャーファルの背後に何故か嫌な物が見えた。気の所為だと言い聞かせながら、彼が周囲を軽く受け流しながら私の方へやってきて、目の前で立ち止まった。どうやら私に用があるようだ。珍しい、よく見つけられたな。と感心しているのもつかの間というものだった。
「お久しぶりですね、リノン。王宮での仕事には慣れましたか?」
『はい、おかげさまで。職業提供感謝しております』
椅子から立ち上がり頭を下げると、慣れてないのか顔を上げてくださいと言われてしまう。それに従って顔をあげると彼は幾分か親しみやすい笑みを浮かべる。
「シンドリアについて私が勧めた本は役に立ちましたか?」
『はい。大変役立ちました。ありがとうございました』
「そうですか。他にもおすすめした本がありますが、また選別しましょうか?」
『いえ、大丈夫です。もう読み終えましたから』
「え」
そう告げた私の言葉の意図に気がつくまで10秒かかっていた。
「あなた、まさか…この図書館の本を全て読破したわけでは…」
『しました』
「……ああ、あなたの爪の垢をシンに煎じて飲ませたい!」
余程お疲れの様だ。シンドバットさんに悩まされているのだろう、この苦労性なジャーファルさんは。そう言えば彼も苦労性だったな。クスリと喉が笑う。まあ、無表情ですが。
《 何しに来たんだろう。用が無いなら早く帰ってくれないかな 》
先程からユニがジャーファルさんに対して敵意剥きだして配慮の言葉がまるでない。次第に呪いの言葉みたいに聞こえて来るから耳元で念じないで欲しいな。ジャーファルさんを見つめていると彼は、私の視線に少しだけ戸惑って視線を下げた。それに苦笑した。これ以上虐めるのもよくないな。
『用件はなんでしょうか?』
「私ではないんですが…黒秤塔の前でうろうろとしていたので付き添いで来ただけなんです」
そう言うとジャーファルさんの後ろからリーザさんが姿を露わした。
『やっぱりな』
「今、舌打ちしたでしょ」
いきなり襟首掴みながらそんなこと言われる。表面上はしてないけど、心の中ではした。読心術を会得したのか、流石リーザさん。
「朝からこんな所に逃げて…食材の調達するって言ってあったでしょ!ほら、付き合いなさい」
『横暴、乱暴、その名はリーザさん』
「五月蠅い」
頭を叩かれそのまま引きずられる。そんな姿を圧巻しながら見つめるジャーファルさんの表情に私は指を差してリーザさんに伝えた。するとリーザさんは顔を真っ赤にして「 ごめんなさい 」と深々と頭を下げていた。そう言えば八人将や王の前ではいつも仕事が出来る才色兼備なイメージが強いのだろう。
『普段から猫かぶってるリーザさんが悪い』
《 偽るのは人間の悪い癖だよね 》
ユニと二人で言い放つ言葉に、リーザさんがモーゼの滝のように迫って来た。般若の形相で。ああ、怖いなこの人。首根っこを掴まれてジャーファルさんに失礼しますと伝えるリーザさんにジャーファルさんは楽しそうに笑っていた。
『うぇ、人酔いした…』
「リノは変な所ナイーブよね」
口元に手をあてて眉を寄せた。壁にもたれかかる私にリーザさんは腰に手を当てて仕方がないなと言って、私に全ての荷物を託して買い物を続行してくるからそこにいろと言って去ってしまう彼女の背中を見送った。
《 あの子は君の遣い方がうまいよね、大丈夫? 》
『大丈夫じゃない』
中央市は初めて来る場所だと言うのに、リーザさんは私を一人で置いて行った。それだけこの国の治安が安定していると言う事なのだろうが……。精神的に心細い。まあ、ユニがいるからまだマシだけど……若干の不安を抱える。まあ、幸いここに居ればいずれ買い物が終わったリーザさんが迎えにやってくる。それまで大人しく待っているか。周囲の座れる所を探していると、ふと。目に止まったのは、古書堂だった。沢山の蔵書が連なるそこに私の意識は全て持っていかれる。沢山の荷物を抱えながら本を一冊手に取り吟味する。
《 買うの? 》
『うん。もう王宮の本読み終わっちゃったし』
《 魔法書は? 》
『すみません。これとあれとそこの本ください』
「亭主。私にはあの魔法書を一つ」
「お前また性懲りもなく…そんな薄っぺらい紙キレに頼るなんて軟弱だな魔法ってのは」
「なんですって。剣何て鉄アレイの板キレじゃない、折れたらはい終了よ」
隣で八人将のヤムライハさんとシャルルカさんが良い争いをしているのを、無視。彼らを背に亭主から分厚い本を三冊受け取り、日陰になっているスペースに行き、段差に腰を下ろした。そして、買ったばかりの本を開き、読書を再開させる。
《 本当に好きだね、読書。なんの本を買ったの? 》
『これは普通の小説』
《 へぇ、今度は物語なんだね!どんな内容なの? 》
『読まないと解らないけどジャンル的には…ファンタジーじゃないかな』
見ずに紙袋へ手を伸ばして中から漁るように出て来たのは、一つの果物。りんごに似ているその果物を見ずに口元まで持っていき、かじりつく。絶対に本から手を離さない私の執念にも似た行動に、ユニは溜息をつきながらも楽しそうに笑う。そして私の肩口から一緒になって本を読み始めた。何だろうか、ふと、気になった。どこかから視線を感じる。気の所為か、そう思う事にしたらユニが声をかけてくる。
《 ねぇ。さっきからあの子こっち見てるんだけど 》
『え』
顔を上げてユニが差す指先を辿ってそちらへ視線を投げると、フードを目深に被った少々埃っぽい8歳くらいの女の子が私を、私が食べている果物を見つめては、お腹を鳴らした。
沈黙する空気に、視線を下へ下げるとそこには黙々と果物を頬張る8歳の少女メイリン。飢えていたのか、ただ単にお腹が空いていたからなのか…。それにしても謎だ。ここはシンドリア。他国に比べれば貧困などはないくらい政治や財力、王制がしっかりと定着している謂わば平和な国なのだ。そんな国で飢える、という単語はとてもじゃないが似合わない。少し考えながらページを捲る。半分に割った果実を食べようと口元に持っていくとそれさえも懇願するような視線で見つめられ、仕方なしにそれを少女に譲った。これでも成人女性。これでも社会人。お金に困るほど、飢えで困るほどお腹も空いていないから大した問題ではなかった。それに、そこまで執着しているわけじゃないし。なら、この果物をおいしそうに食べてくれる主に渡した方が果物も喜ぶだろう。
『いらないの?』
差し出した食べかけの果物を少女はどこか悩ましげな視線を送って来る。私と果物を交互に見つめながら、暫くしてやっと果物に手を伸ばし口元に持っていっては食べ始める。先程まで遠慮など知らないような振る舞いをしていたのに、急にここにきてそんな対応するとは、謎が深まるばかり。だけど、知ろうとは思わなかった。誰にだって言いたくないことはある。それが譬えこの小さな少女でさえも……。
無心に食べる少女の口周りが果汁でベトベトになっているのが気になって、本を閉じた。生憎ハンカチは持ち合わせていなかったため自分の袖で少女の口元を拭う。突然の行為に驚いた少女が逃げようとした瞬間。
『動くな』
そう言うと少女は大人しくなる。僅かに震えている肩が私の瞳を見た瞬間和らいだ。落ち着いたのがわかると再び少女の顔をこちらに向けさせ口周りを袖で優しく拭った。綺麗になると頭を撫でてやる。
すると、どこからか子供たちの楽しそうな声が聴こえて来て少女の姿を見ると軽快な声が消え失せ、空気が悪感した。
《 何だか陰湿だね 》
ユニも不穏な空気を感じたのか、私の傍に控える。子供たちの睨む様な視線がこの小さな身体の少女に突き刺さる。
「人殺しの癖にまだここにいんのかよ」
「お前の父さんは人を殺して置いてお前は王様の恩恵でここにいるとか、ふざけんなよ」
「出て行けよ!人殺し!」
「……」
静かに彼女は彼らの言葉を享受していた。だけど、力が入る握った拳が全ての感情を露見していた。三人の男の子たちが少女に向かって石を投げつけてきた。少女に当たる寸前でそれは、私の掌に収まる。それに驚いた彼らは私の視線に怯える。まあ、そうだろうな。無表情なんだから。尖っている石だったのか握ったら掌から血が流れた。そらなのに眉一つ動かない私の視線は彼らにとってどれだけ恐怖の対象だっただろう。
何か言う前に口を開けた突端、彼らは情けない悲鳴をあげて脱兎の如く逃げて行く。その様を眺めながらユニが真っ青になりながら近づく。
《 血が出てるよ!大丈夫?痛くない?ああ、僕がついていながらっ!僕の役たたず 》
うぇぇん、と終いには泣きだしてしまうユニに大丈夫だ、と言い続ける。
『てか、これ取ったらめちゃくちゃ痛いよね…』
心なしか涙目になりそうだ。ユニを見つめると何故だろう。素直に《 うん 》と答えた彼に薄情だと思った。すると、突然握っている手に小さな体温が触れたことに気がつき、視線を下げると少女が泣きそうな顔をしながら、眉を寄せていた。
「何で庇ったの、わたしを庇ったからこんな風に傷つくんだよ?恩を売ったってわたしから何も、何もないっ!」
少女の頭を容赦なく叩いた。そのことに驚いた少女は顔を上げて睨んでくる。やっぱり一緒だ、そんな視線を受け止めながら私は口を開いた。
『ありがとうとごめんなさいは?』
「えっ…?」
『まず、相手に怪我をさせたらごめんなさい。助けてくれたならありがとう。それが言えないなら君は彼らと変わらない屑だ』
その言葉にユニが《 ちょっと言い過ぎじゃない? 》と仲裁してくるが、構うものかと視線を投げつける。少女は呆気にとられながらもそれでも、口を開く。
「ご、ごめんなさい…庇ってくれて、ありがとう」
それを言い終えると私は手を上げる。それに瞳を瞑り防衛に入る少女の頭を、優しく撫でた。そんな事をされるとは思わなかったのか、吃驚した顔で私を見つめて来る。
『よく出来ました』
そう言うと少女は破顔する。見る見るうちにあの鋭い表情から子供のあどけない顔つきになり言い表せない様な感情が彼女を襲ったのだろう、堰を切ったように泣きじゃくってしまった。縋りつくように飛び込んで来た小さな塊に、私は腕を回して背中をリズミカルにたたいた。そんな様子を黙って見ていたユニが囁く。
《 ずっと我慢していたんだね 》
『子供なんだから甘えればいい。今のうちしか泣けないんだから』
そう呟くように言った言葉に、ユニが私の背中に周りこつん、と額をあててぐりぐりとしてきた。ああ、泣いているのだろう。私は泣き虫な子供らを抱えて少しだけ途方に暮れた。
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