そうして二人は

「私がジャーファル様を好き?」



リーザさんが台所からおつまみになる品を皿に盛り付けそれらをテーブルの上に陳列する。私はワインのコルクを開けて、グラスに注いでから口をつける。



『違うんですか?』



席に座るリーザさんはフォークで自身が作った料理に手をつける。けれど、次の瞬間可笑しそうに笑っていた。



「違うよ、違う。私がジャーファル様みたいな仕事馬鹿好きになるわけないじゃない」
『意外に尊敬してるわけじゃないんだね』
「ん?」
『いえいえ』



何だ、よかった。安堵してからか春雨のような品に手を伸ばしてフォークを絡ませる。それを咀嚼しながらグラスを傾けるリーザさんに気の抜けた誤解を口にする。



『そっか。じゃあ、シンドバット王が好きとかでもないんですね』
「ブフゥ――!!!」
『………』



無表情な私の顔に彼女が吹きだしたブドウ酒が包帯までもを染め上げた。ポタリと下へ落下する雫にリーザさんは慌てて私にタオルを渡した。それを受け取り顔を拭きながら彼女を盗み観ると、頬を紅潮させていた。あまりにも解りやす過ぎて少々返答に困った。



『えっと――、好きなんですね』
「違うわよ!全然っ違うから!!」
『そうですかそうですか……で、好きなんですね王が』
「全然解ってないじゃない!!」



頭を抱えて唸っているリーザさんをグラスに注いだ分を飲み干しながら眺めた。何て可愛らしい人なんだろう。ああ、こういう可愛げのある人がきっとシンの好みなんだろうな。そう思うとふつふつと湧き起こるこのどうしようもない沸点に私は無愛想な人相のままグラスを一つ破壊してしまう。



「何割ってるのよ」
『ごめんなさい、つい』



砕けたガラスを片付けようとしゃがむとリーザさんに止められる。片目の視力が悪くてはっきり言って今まで全てぼやけて見えていた。ユニが居ればきっと教えてくれるだろうけど、生憎彼はあの後から姿が一切視えない。一体どこへ行ってしまったのだろう。ぼんやりとしているとリーザさんが今、触れられたくない話題を振って来た。



「ジャーファル様と何かあったの?」
『ッ……、何かとは何でしょう?』



表情が死んでいるはずなのに、リーザさんは喉で軽快に笑っていた。ガラスを片付けるために台所へ向かい、新しいグラスを手にやってきて、注いでくれる。それを受け取り。



「ジャーファル様も大変ね」
『どういう意味です?』
「ああ、でも。あの人そういう感情に疎いからどうだろう?」
『あの』
「でも、あの人。自分から女性に触れようとしない人だから、その辺りは御自分でも気づけるかもしれないわね。ああ、いいな。シンドバット様はそういうのお酒が入ってしまうと節操無しで紳士差にかけてしまうから……」



一人でぶつぶつと話始めたリーザさんに、私は慣れた様に静かに料理とお酒を楽しんだ。こんな風にお酒を飲む機会は稀に合った。私もリーザさんも成人を迎えた女性同士だから、意外と話題は尽きないし、共通接点も多く、互いにお酒を交えては口々に時間を過ごした。

そんな所へ子供部屋として今、メイリンとルシアが暮らしている部屋のドアがゆっくりと開く。二人で視線をそちらへ向けるとメイリンがリーザさんお手製の抱き枕を抱きしめながらおずおずと私を見つめていた。先程まで泣きつかれて眠っていたから、私は彼女においでと手を広げると突進するように首に腕を回して抱きつくから、少しだけ重いメイリンを持ち上げて膝の上に乗せた。



「ごめんね、メイリン。起こしちゃった?」



リーザさんが手を伸ばして頭を撫でるとメイリンは首を縦に振る。起きてすぐ私の声が聴こえてドアを開けたのだろう。私はメイリンの頭に頬を乗せると彼女の子供特有の柔らかい頬に手を添えて撫でてあげる。



『ごめんね』



そう言うと、メイリンは胸に擦り寄りながら瞳を重そうに下げる。もう夜更けだ。彼女にとっては安らかに眠る時間帯。私とリーザさんは顔を見合わせて笑った。もちろん、私はきっと目尻を下げるだけ程度だけど。静かな寝息が聞こえるとリーザさんは静かにグラスを傾ける。



「ずっと泣いてたのよ」
『うん、知ってます』
「メイリンにとってあなたは、母親も同然な存在なんだから。不用意な行動は慎みなさい」



そう言って私の額を軽くつつく。リーザさんはとても出来た人だ。私よりリーザさんの方が母親役にふさわしいはずなのに、どうしてメイリンは私に懐くのだろう。どう扱っていいかわからない私は右往左往しながらも、ぎこちなく彼女と接するだけ。



「メイリンはそれでもあなたと一緒に入る時が一番笑ってるわ。自信持ちなさい」
『うん』



温かな温度を感じながら私は彼女の額に小さなリップノイズを送る。



「メイリンしがみついてるわね」
『このまま寝ちゃいます』
「そう。後片付けは私がやっとくから早くベットに行って」
『ありがとうございます』



席から立ち上がると子供部屋のドアの陰にルシアの姿を見つけて、私はメイリンを片腕に抱きながら片手を彼に向けて差し出す。



『ルシアもおいで』
「っ……!」



見つかった事に肩をビクつかせるけど、私の姿を見つけるとルシアはこちらに駆けより腰に抱きつく。彼も心配していたのだろう。震える肩を抱きしめながらリーザさんに「 おやすみ 」とルシアと二人で告げて私の部屋へ入って行く。少しだけ大きめなベットに三人で入ると、ルシアの頭を引き寄せて三人川の字で眠る。



『心配かけてごめんね』



呟くように囁いた微かな言葉に、ルシアが枕を濡らした。そんな中睦ましい三人の姿をリーザさんは小さく笑っていた。



「 親子みたい 」



※※※




《 怪我はもう大丈夫? 》



あれほど呼んでも来なかった彼が、仕事中にユニを何気なく呼んだ瞬間彼が姿を露わした。何食わぬ顔をして私の周囲を飛ぶから思わずユニの頬を抓る。



《 いたたたっ! 》

『今まで一体どこにいたの?』



心配な声色で言うとユニは少しだけ嬉しそうに目尻を下げながら《 ごめんね 》とだけ言って決して居場所は教えてはくれなかった。それから、彼にあの後の事を説明すると今度は憤怒のままジャーファルさんの元へ行こうとしたので、必死になって止めた。



《 離して。ちょっとジャーファルは調子に乗ってるから僕が成敗に… 》

『彼はジルと違うんだから少し落ち着きなさいよ』

《 ッ、……そうだね。彼は違う 》



急に大人しくなったユニの反応に私は再び頭に引っかかった言葉を掘り起こした。ソミリが去り際に吐き捨てた「 忘れられた女 」。彼女が言った言葉は、たった一人しか当てはまらない。そして、ユニが言った《 彼は違う 》とは、ジャーファルさんはそうだけどシンドバットさんはそうかもしれないって事なの?私の核心に迫った思考はユニも勘付いたのか慌てて軌道を修正しようとした。



《 とにかく!ソミリとアルノーには気をつけた方が良いよ 》

『アルノー、って確かユニと同じ精霊だよね…』



私の思考はまんまとユニの誘導によって逸らされてしまう。確かにアルノーという青年の事はとても気になっている。もちろん、その主となるソマリに対しても。



《 アルノーは僕と同じ聖霊なんだけど、彼は過去を司る聖霊で。僕は未来を司る聖霊なんだ 》

『聖霊……、え、嘘』

《 あれ言ってなかったけ?精霊じゃなくて聖霊ね 》

『ずっと精霊だと思って…、聖霊だったの?漢字違い?』



手を左右に振るとユニは、暫くしてからとても可愛い笑顔で《 ごめんね 》とか言ったから私も数分後。彼の頬を限界まで抓り伸ばした。流石、伸縮性。



《 僕たちは神様に使える聖霊で、本当は人に憑かないんだけど。自分たちにとって大切な人を見つけると稀に人間の守護聖として憑く場合もあるんだ。 》

『憑いてどうするの?』

《 最期の瞬間まで見守ってるだけだよ。彼らの運命に反することから護りながらね 》



ユニは時折大人っぽく笑う事がある。そんな時のユニはまるで、ジルのような危うさを感じてしまって私は決まって、心臓が息苦しくなってしまう。



『じゃあ、運命に反することで命を落としたら?』

《 そうしたら、彼らの願いを聞き届けるために無茶な申請を出して無理矢理ねじ込むことが出来る。例えば生きたいと願うなら死者の魂を無理矢理、聖者に変えて蘇らせたりとか……、今の君の様に 》



微笑むユニに背筋がぞっとした。これは安楽な考えでいたら結構危ないのではないのか、私は緊張のあまり唾を上手く呑み込めないでいた。



《 僕たちは元々、たった一つの願いを叶えるための力が備わっているんだ。その効力が尽きると僕たちの潜在能力は持ち主に引き継がれ僕らはただの亡者となる 》

『亡者、って』



手を伸ばす私にユニが優しく包みこむ。温かな光輝くルフに囲まれながら、ユニの温かな体温を感じる。これは擬似だとでもいうの?ここにいるユニは存在しない者なの?思考は堂々巡りをするだけで、結局解決には至らなかった。



《 問題なのはここからなんだ。僕たちにはそれぞれ様々な能力を持っている。アルノーには過去という全ての人の記憶を司る力の持ち主なんだ 》

『人の過去と記憶……?』

《 そう。過去があるのは人だけ。記憶があるのは人だけ。海馬を所持している人間だけだからね。そして人は過去に囚われやすい 》

『……確かに』



身を持って実感しているため、とても深く頷いてしまう。そんな私にユニは眉を寄せて苦笑する。



《 アルノーの能力。それは他人の過去に干渉し記憶を書き換えてしまう洗脳能力の持ち主なんだ。それをソミリが受け継いでいる 》

『ソミリが……』



箒を握る手に力が籠る。ソミリが言い放ったあの言葉の意図に私は近づいた。いや、これはもう確信に近い。やっぱりシンはシンドバットなのかもしれない。意思に反して歓喜に震える私にユニがそっと囁くように私の頬に両手で触れて来た。



《 僕はね未来を見通す力、即ち予知夢を見ることが出来るんだ 》

『え、それって……』



最初に出会った時と同じような、ぐちゃぐちゃな顔をしてユニが泣いている様に視えた。



《 そしてテレパス能力も備わってる。それらは全て、君が使える唯一の武器だよ 》

『ユニ、もしかして私の未来が視えて…』



コツン、とユニの額が私の額に当たる。触れた所から力の源であるルフの温かさを感じた。沢山の鳥たちに囲まれて私は光に包まれる。



《 僕は栞那が大好きだよ 》

『ユニ……、ごめんね』

《 どうして謝るの?僕は君と一緒に入られる今が凄く嬉しくて倖なんだ。だから、この気持ちを君にも味わってほしい。それに、謝るのは僕の方だから――― 》



零れ落ちた涙はどちらのだろうか。私の無愛想な破壊された感情から涙など流れるのかわからないけど、無性に泣きたい気分で、ユニの瞳からは沢山の雫が流れている。きっと二人で泣いているんだ。



「なあ、お前何そのルフの塊」



突然聞こえて来た声に私もユニも驚いて二人で顔を上げると、そこには、真っ黒な鳥たちが羽ばたくルフの歪んだ闇を見つけた。憎悪を感じるそれに私は思わずそれに囲まれている青年から視線を外せない。誰にも似てない彼は、漆黒の髪を編み下げて、真っ赤に染まった血のような瞳で私を見降ろしてくる。一歩、彼が近づいてくるとユニが私と彼の間に入り護るように立ちはだかる。



《 君は…堕転した哀れなマギ 》

「ああ?何だこいつ。実態がねぇのに何で存在し続けられるんだ?しかも声まで聞こえるし」



また一歩近づいてくる。彼にユニが歯を食いしばった。



《 これ以上彼女に近づくな。君のような穢れた存在が彼女に触れることなど許されない 》



そう言ってユニが周囲に溢れるルフに指示を出し、目の前に入る彼に集まったルフ達を放り投げる。それを軽く避けるが、彼の頬を少しだけ掠ったのか、そこから火傷でもしたかのような火花が散り青年は驚いたように火傷した頬を片手で覆った。



「ってなぁ!何すんだよ、このチビ!」

《 うわっ! 》

『ユニ!』



実態がないユニに対して彼は彼の纏う黒いルフをユニに向けて放出すると、ユニが弾き飛ばされる。ユニが飛んで行った方向へ視線を投げ駆けだそうとした瞬間、手首を掴まれる。



「待てよ、お前…ッ!!」



突然、彼に掴まれた手首から静電気の様な火花が飛び散った。その痛さに彼が咄嗟に手を離し、私は掴まれていた反動でバランスを崩しそのまま後ろへ数歩後退する。彼の掌には火傷したような焦げた痕が痛々しく残っている。私にも今の出来ごとが理解出来ず混乱する中。青年は何かを理解したかのような笑い声を高らかに上げた。



「あー、そういうことか。あのチビが言ってた俺があんたに触れたらいけないって…。なんつうか、別にあんたの事好みでも何でもないんだけど、けど、触るなって言われたら触りたくなる性分っていうの?そういう……、俺に逆らうとかマジで殺したくなる」
『かッ……!!!』

《 栞那!! 》



突然首に手を添えられたかと思うと掴まれて持ち上げられてしまう。抵抗の意として彼の手に手を添えるけれど、びくともしない。先程から火花が散っているというのに、それすら些細なことのようで何とも思っていない青年の冷酷な瞳に、心臓が冷やかな汗を掻いた。酸素が足りなくなって目の前が霞む。私を呼ぶユニの悲痛な叫び声が聴こえる。


折角、ユニが私を生き返らせてくれたのに……彼が、私の生を望んでくれたのに……大好きだって言ってくれたのに……。何で、私はこんなにも無力なの?どうして、大事な人を傷つけてばかりで、何も救えない。私が生まれてはいけない存在だから?……弱い、弱い私は、もういらない。いらない、イラナイ、いらない、イラナイ、いらない、イラナインダヨ!!


廻らなくなる思考。視界が暗転する世界。私は、死を再び享受した瞬間、首を圧迫する力が消え、その代わり顎を掴まれる。そして、唇に感じたのは温かな感触だった。甘くて優しいその温もりに強張っていた身体から力が抜けていく。



『――んッ』



だけど甘い、と感じていたのは最初だけだった。次第に舌が閉じた唇をこじ開けるように侵入してきて眉を寄せて酸素を求める。その隙間から生じた空気を吸うとそれを塞ぐように覆いかぶされる。後頭部を支えられ、力を込められる。暴れようとする身体を押さえるとうに腰に回された腕にきつく抱きしめられる。そこから感じる体温に次第に、冷たくなった身体が温かさを取り戻していく。



『んんっ、ふぅ、んッ』
「――んっ、」



口内に入ってきた舌から逃れようと引っ込める私の舌を絡め取り乱暴に絡めて押し付ける。為すすべもなく彼の舌を受け入れると、唾液を吸い絞るように強く唇を噛まれる。思わず足をジタバタと動かすと強く、腰を押さえこまれて密着する。



『んッ……はあ』



やっと解放された唇。濡れた吐息と共に吐き出されたソレに再び彼の舌が私の唇を舐める。その行動に驚いて瞳を見開き相手を凝視した。


そこには、先程私の首を絞めて来た男がいた。
ALICE+