ああーリヴァイリヴァイ。後ろ……

『……』



ぼんやりとリヴァイは窓辺に映る彼女を見つめた。立ちつくしたまま動かない、トキを彼は見つめ続ける。窓という外壁に立たされたこの場所で。ガラスに触れれば指紋が跡を絶たない。ああ、汚れると思いながらも、リヴァイはそこに手を置く事をやめられない。彼女の視線の先に男女の睦ましい姿が映し出されている。それをただぼんやりと立ち尽くしながら眺める彼女の漆黒の髪しか窺えなかった。



「――兵長?」



尋ねられる仲間の問いかけに、生返事を繰り返しながらそれでも視線は外せなかった。外したら、今にも崩れ落ちてしまいそうで、それ程、彼女の地盤はとても緩そうに見れた。
パラパラと簡潔にまとめあげられた資料を手に、団長室を目指していたら先程まで外に居たのか、服に水気を飛ばしながら歩いているトキを見かける。



「トキ」



驚いて声をかけると、彼女は重みを含んだ前髪をずらして余所域の笑みを覗かせる。



『やあ、リヴァイ。ああ、廊下、ごめんね?汚して。すぐに掃除するよ』



淡々と語られたごく普通の言葉にリヴァイは戸惑いを隠せなかった。雨が降ったのだろう。降っても尚、あの場に居たのかとリヴァイは驚愕を隠せなかった。握った資料に皺が何重にもよる。



「早く着替えて来い。風邪をひくぞ」
『でも掃除』
「掃除は俺がやる。二度も言わせるな」
『……リヴァイは優しいな』



ヘラリ、と笑う彼女がとてもつなく残酷に思えた。リヴァイは資料を投げ出して、彼女を腕を引っ張り、自らの懐へと導き、その腕で閉じ込めた。



『リヴァイ…濡れるよ?』
「今、言う事じゃねぇだろ」
『じゃあ、何を言うこと?』
「少し、黙ってろ」
『……リヴァイ』
「何だよ」
『あったかい』
「そうか」



力を込めて抱きしめるリヴァイの腕の中で、彼女は微かに震えた。



「って言う夢を見たんだね、リヴァイ」
「てめーはどこまで逝っても削がれたいらしいな。表出ろ」
「ちょっと!暴力反対!大体君の妄想が爆発した産物でしょーが。私の所為にするのはお門違いってものなんじゃない?」



フォークをリヴァイに向けながら、笑いを耐えている変な顔をしたハンジをリヴァイは今すぐにでも黙らせたいらしく、皿を投げつけていた。ちなみに、今は昼食中。もうそろそろでリヴァイの意中の相手、トキがやってくる頃あい。



「成程ねー。ルイス君がそんな事を…リヴァイ勝ち目ないんじゃない?」
「……殺す」
「あーごめん。傷つけて、大丈夫大丈夫。リヴァイの方が有利だから。生きてるって時点で」
「……」
「無言でナイフ投げるのやめて!」



ハンジの悲鳴を無視してナイフを投げつけるリヴァイ。散々暴れまわり、阿呆らしくなったのかリヴァイは席に座り、珈琲を飲む。



「別にアイツに好きな奴が居ても構わない。ただ…一人で抱え込むなら」
「……、抱きしめたいと」
「ッ!!」
「ッ、いった!?」



スパコーンとトレーで頭を殴られたハンジ。眉間に皺を寄せて仏頂面で誤魔化したリヴァイの表情にハンジは吹き出しそうになる所を我慢していた。ぷるぷる震えるそんなハンジにもう一発喰らわせようと振り上げたそのトレーが降りる事はなかった。



『リヴァイ。何やってるの?』
「女神!!」



ハンジが瞳を輝かせながら彼女へ抱きつく。



『ちょっと、ハンジ。何、急に』
「いやー助かった。もう少しでツンデレにツンデレによって殺されそうだったからさ」
『意味わからん』



トレーを持ってトキは迷う事無くリヴァイの隣に下ろし、席に着く。そして顔を上げて。



『あ、隣いい?』



今更のように聞かれたその質問にもなっていない質問に、リヴァイは。



「構わん」



と、極めて冷静を装いながら静かに着席し、散々暴れた跡地のようになっていたテーブルはいつの間にか綺麗に片付いていた。



「(早っ!!!)」



ハンジの内心のツッコミなどにも目もくれず、リヴァイは隣で食べ始める彼女に合わせて食べる速度を落とした。



「今日は、いないんだな」
『ん?ああ、ユイのこと?何か、エルヴィンに呼ばれてるみたいだから、先に来たんだ』
「そうか。珈琲飲むか?」
『うん。飲む』
「淹れてやる」
『ありがとう、リヴァイ』



屈託のない笑みを浮かべてそう言われたら、あのリヴァイだって破顔した。その優しそうな眼差しにハンジはやれやれと首を左右に振るのだった。



「ハンジお前は邪魔だ消えろ、今すぐ」

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