黙れハンジ、削ぐぞ。

『好きな男性のタイプ?』



それは唐突に分隊長であるハンジに聞かれた質問内容だった。



『それに答えて何かメリットでもあるの?』



訝しげに眉を寄せながらその手の質問を断ち切ろうとする彼女に対して、ハンジはどこか面白、可笑しそうに長々と解説を始めた。



「メリットになる人が確実に一人いる事は確かだよ?この機会に君の趣向を聞いてみたいと思ってね」
『……結婚に興味ないからな』
「団長の差し金じゃないから安心して」
『恋人もいらないからな』
「ヴィンセントさんの依頼じゃないから」



訝しげな理由が何となくわかっていたハンジはしっかりと答えると、彼女は警戒心を解き。ハンジの理解不能な質問の重要性が極めて低い事を悟るとテーブルの上にユイが淹れてくれた紅茶のカップを口元で傾けた。



『相変わらず君のくだらない質問には頭が上がらないよ』
「警戒心を解いてくれて嬉しいけど、今馬鹿にしたでしょ?」
『いやいや。マッドサイエンティストならうちにもいるから、つい、ね』
「シャルが可哀想になってきたよ」
『それで?えっと、好きな男性のタイプだったね?』
「そうそう」



上機嫌に首を上下に振るハンジ。そして何故か急に周囲は静けさを放った。ここは食堂。つまり、ここにいるのは調査兵団と協定を結んだ騎士団の団員たちがいる。彼女達のテーブルを遠巻きにして、そこらかしこに見知った顔見知り達が聞き耳を立てていた。その中にはもちろん、あの目つきの悪い彼も。



『私より身長の高い人』
「……えっと、君は確か……175だったよね?」
『そうだね』
「それ以下は?」
『自分よりも小さな男と歩きたいとは思わないかな』



思ったよりもはっきり言ったその吐き捨てるような台詞は、この場にいた彼だけが傷心を負った。彼女に好意的な彼女の精鋭部隊の班内にいる人間である、ユイやシャルは余裕な顔をして想定内と言わんばかりにその先の言葉を待っていた。



「他はなにかな?」



笑いを堪えたい勢いを何とか抑えつけてハンジは催促する。



『うーん……、穏やかな顔つきで優しい人かな?』
「ほぉーなるほどね」



チラリ、と盗み観るようにハンジは視線を小さな背を向けている男へ注ぐ。その男の背中が段々小さく見えてくるようになればなるほど、ハンジは腹筋が震えた。
周囲では「 俺は? 」と自分の風貌を聴きまわっている。少しだけ騒がしくなった食堂の空気をとある傷心の男によって打ち消される。それは、拳をテーブルの上に叩きつけただけ。それだけで、周囲に緊張の空気が流れる。だが、それを日常茶飯事と化している麻痺したトキは気にも留めずに続きを述べ始める。



『それから、弱い人』
「弱い人?」
『私より弱い人が好きかな』
「何でまたそんな変化球を…」
『そしたら、私が護ってあげられるじゃない』



そう言った彼女の表情はとても穏やかな微笑みで、この場に居た彼女に想いを寄せる者達を想到させたのは言うまでもない。滅多に笑わない彼女の希少価値の高いその微笑みにハンジさえも鼻を抑えた。



「(至近距離ヤバい)庇護欲湧く奴が最優先事項ってことかな?」
『まあ……そうかも』



紅茶のカップを傾ける。そんな彼女の傍にユイとシャルが自然に近寄り、ユイは彼女のカップに新しい紅茶を注ぎ、シャルは会話に参戦する。



「トキ。俺は箸より重い物を持ったことがないんだ」
『今陶器持ってるのはなんだ』
「弱い奴ってここ調査兵団なんだから要るわけないんじゃない?あーでも。新兵ちゃんは弱いわよね」
「ああ!エレン何て該当するんじゃないかい?」
「 ッえ?!俺ですか?? 」



遠くの席からガタリと音がする。そこへ視線を向ければエレンが立ち上がっており頬を仄かに赤く染めていた。そんなエレンの初心な態度に周囲は一瞬のうちに和やかな雰囲気になる。



「エレンくんねぇ〜確かに年下で、感情的に突っ走って早死にするタイプだし。アナタの好みのタイプに該当するわね」
「そっか。エレンか。可愛がろうと思ってたのに残念だな」
「嘘おっしゃいよ。アンタにトキ以外を可愛がる概念なんてないでしょう」
「今、残念って言いませんでした?」
「深く聞くと君の将来展望が崩れるからよしな」
「あ。ハンジさん酷い」



柔和な笑顔でそう答えるユイは少なからずエレンに殺気を向けていた。もしこの場が戦場だったら巨人と間違えて斬り殺しちゃいました。とかそんな理由で殺されていただろうと、エレンは自分の近い未来を予想しては身震いをさせた。
しかし、エレンは自分をただ静かに見つめてくる憧れの対象であるトキの視線に釘付けに成る。傍まで歩み寄り、立ち止まれば彼女は立ち上がりエレンの目の前に立つ。5センチの差はあまり感じさせない程で、視線と距離が近いことをエレンはどこか気恥かしそうに視線を落とすが、彼女はエレンの頭へ手を伸ばし撫で初める。エレンが再び彼女へ視線を向けると、そこには、いつもより少しだけ砕けた緩い彼女の表情筋が浮かんでいた。



『案外いいかも』
「えっ?」
『エレン。私に護られてみる?』
「あ、いやっ、そのっ、えっと…光栄です?」



恥ずかしそうに答えるエレンに彼女は笑うだけだった。だが、その穏やかな空気はあの男によって崩される。
エレンの頭を撫でている彼女の手首を掴み、撫でられた頭部に思いきり肘を押し付けエレンの頭を下げさせた状態のまま男、リヴァイは彼女を見つめる。



「お前はそんな軟弱な男が好きなのか。呆れた趣味だな、理解出来ん」
『…少なくともこれは趣向なだけで。理想と現実は大分かけ離れている。だから、必ずしもそうとは限らない、って事は重々承知だよ』



その言葉を聞いて、痛い痛いとリヴァイの腕を叩くエレンのカウントをリヴァイは静かに退かし歯切れの悪い返事を返した。



「そうか」



リヴァイの逆鱗が収まった事を周囲は安堵する。だが、彼女は知ってか知らずか再び爆弾を投下するのだ。



『まあ、でも。笑顔の素敵な人が好きなのは本当だよ』



導火線に容易く火を灯す行為をする彼女の思考に、周囲は死を覚悟する。だが、意外な事に、リヴァイは暫く考えたのち、小さくこう呟いた。



「………、善処する」



これが聴こえた人は、きっとこの世にいないでしょう。



「理想をぶち壊した方が速いと思うよ、リヴァイ」

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