離せよ、俺が洗う。

「トキ。次の壁外調査の件について話が……」
『ん?…ああ、リヴァイ』



軽いノック音を数回して、中に居る住人の返事を待たずにその扉は開かれた。中へ入って来たのは、調査兵団兵士長のリヴァイだった。私室と仕事部屋が繋がっている彼女の室内には、この部屋の主の他に、もう一人補佐としての任を任されているユイが書類整理を行っていた。



「……チッ(二人きりじゃねぇのか)」



あからさまな態度を取りつつもリヴァイは扉を閉めて、ズガズガと室内を横断し、供えられたソファーに腰をどかりと落ち着かせた。そんな横柄なリヴァイの訪問にも態度にも慣れてしまった彼女は特に文句も不平もなく、ユイに飲み物の用意をお願いしていた。



『少し待ってて。早急にこの書類だけは必要みたいだから。仕上げる』
「そうか」
『その間は、ユイが珈琲を淹れてくれるからそれでも飲んで寛いでいて』
「ああ」



簡素に返事をしつつも、紙の上にペンを走らせ職務を真っ当にこなしている彼女の様子を横目で捉えながら、久しぶりに彼もソファーに身体を埋め込み。休息を取っていた。そんな彼の前にユイが珈琲カップを差しだした。



「どうぞ。兵士長殿」
「……」



無言で受け取るリヴァイだが、胡散臭い笑みを浮かべるユイの事をいけ好かなく思っている所為で更に眉間に皺を寄せて睨んでいた。その凄まじい眼力にも動じないユイは笑顔のままリヴァイの相手をすることになる。



「お忙しそうですね。お疲れですか?」
「忙しくねぇ。疲れてねぇ」
「そうですか。流石兵士長は違いますね。ああ、だからお部屋の掃除をする程、お手すきなんですね」
「……」



笑顔のまま淡々と述べたユイのその言動にリヴァイは胸倉を掴みたい一心で指をパキパキと鳴らしていた。だが、彼女が仕事中だというのに、暴れるのもという配慮のもと。リヴァイは他の事に気を散らそうと視線を動かし、室内を見て回ることに。整理された本棚、塵一つない室内、埃さえ立たない清潔な室内にリヴァイは少なからず居心地がいいとさえ思った。



「随分と綺麗だな」



カップを口元まで持っていき、喉を潤す行為をしていると彼女が書き終えた文面の確認作業をしながら彼の言葉に受け答えをする。淡々と。



『ありがとう。でも掃除は全部ユイに任せてる。私は片づけが苦手でね。ここも、自室も』



ピタリ、とリヴァイはカップを傾けたまま固まった。彼女の信じがたい発言に動揺しているのだ。そんなリヴァイの態度が手に取るように解るユイは笑顔のままトキに声をかけた。



「トキ。シーツを洗ってもいい?」
『替え時?』
「うん。今日は天気がいいからね」
『任せる。じゃあ、私はこれをエルヴィンに届けてくるからちょっと席外すよ。ああ、リヴァイはそのまま待っていてくれて構わないから。すぐ戻る』



席を速やかに立ち上がり、彼女は風の様に颯爽と室内を出て行く。扉が静かに閉まれば室内には、ユイとリヴァイの二人きりとなる。微妙な空気の中。ユイはなんでもないかのように「 さてと 」と立ち上がり、私室に繋がる扉へ移動しようと歩きだす。そんなユイ目掛けてカップが頭部目掛けて飛んできた。それを上手く受け止めてユイは振り返る。



「乱暴に扱ったら駄目ですよ。兵士長」
「……いつもお前が掃除しているのか?」
「そうですよ?トキの身の周りの世話をするのは俺だけの特権。俺だけの役目なんで。他の奴にトキの私生活の邪魔するのされるのも気分悪いですし、何よりトキの私物や部屋は俺だけが知っていればいいし、俺だけの物で溢れていればそれで充分です」
「性格破綻野郎」
「潔癖症な貴方に謂われたくないです」
「シーツは俺が洗う」
「トキの染みついた香りとトキの物に俺が易々と貴方に触らせるとでも思っているんですか?」
「お前が俺に勝てるとでも思ってんのか?」
「実力行使とかやめてくださいよ。俺の時間は一秒たりとも他の野郎に使う趣味ないんですよ」



そう、言い合いながらユイとリヴァイは互いに臨戦態勢に入り、殴り合いが勃発した。常人が入れない程の凄まじい激闘を繰り広げる二人。拳や脚が飛び交うこの小さな室内は、異様な空気に包まれていた。それこそ、どちらかの息の根が止まるまでヤりかねない勢いがそこにあった。
そんな事を露知らずに、この部屋の主であるトキは幼馴染のリーシェと分隊長であるハンジを連れて帰ってきた。そのドアノブを開けて彼女達は絶句する。



『何やってんだお前等』
「大体、想像はつくけど……いい大人が二人共」
「ブホァ!!?あはははっ!!ほぎゃひぃっゴホッ!!!」



そこには、シーツを引っ張り逢うユイとリヴァイが居た。

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