心臓が熱くなるほどに憧れる人

『どうやって高速移動するの?って…』
「はい!」



エレンの眼差しにトキは特に嫌気も出さずにカップを傾けながら、ゆらゆらと中身を揺らした。それは訓練の午後。休憩がてらに紅茶を楽しんで居る所引きとめられた。ユイやシャル、部下達には紙面の仕事を片付けるように支持を出したために、この場にはエレンと彼女の二人きりだった。



『別に深く考えた事なかったけど…』



ますます煌びやかな純真と尊敬の眼差しに、流石のトキも視線を逸らした。これほどまでに純粋な瞳に曝された事はあまりない。彼女の周りがどれほど歪んでいるかが改めて理解させられた。



『…飛ぶとき』
「はい?」
『飛びとき。エレンは何を考えてる?』
「何って……戦闘準備、でしょうか?」



少し考える素振りを見せながらエレンは答えた。立体機動装置を遣う時、それは巨人を駆逐するときだと考えたのだろう。初めから駆逐することしか頭にない驚異的な精神の持ち主だったことを今更ながら思い出し、質問の出し方を間違えたと額に手をあてた。



『私は空を翔を考えてる』
「翔?」
『人類の背には羽がない。しかし、鳥にはある。もし人類が空を飛べたならどんな気持ちだったのだろうか。どんな気持ちに包まれ、どのように感じたのか……それを体感していると錯覚染みたことを考えてる。立体機動はワイヤーで宙を駆けるから、その所為で余計に空に焦がれてしまってね』



昔噺も兼ねてそう言うとエレンは想像するかのように宙へ視線を投げて瞑想した。そんなエレンの様子を彼女は捉えながら、話は続く。



『空高く飛び、そこから見える景色を眺める。空から見る地上は案外ちっぽけに思えるから、この世界も捨てたもんじゃないと思える』
「……風を感じたら、高く飛べるって事ですかね?」
『……ぷっ!』



案外真剣に考えていたエレンの発言に、彼女は喉をつまらせるように吹き出した。そんな彼女の動作にエレンは慌てていたが、それが笑い声に変わると頭の上に疑問ばかりを飛ばした。



『ああ…ごめんね。うん、エレンってかわいい』
「あ、あの…それは褒められてるんでしょうか?」
『可愛がってるんだよ』



エレンの頭に手を伸ばして撫でる。その動作にエレンは逆らえずにされるがまま棒立ちのままその場に立ち尽くす。少し見上げた視線の先に、緩んだ表情をする彼女を見つけてエレンの体内温度は急上昇した。



「トキっさん!」
『ん?』
「あ、あのッ……お、俺は…あなたの風になれるでしょうか?」



撫でていた手を止めて、彼女はエレンの大きな瞳を見つめた。その瞳の奥に潜む情熱的な何かに彼女は一瞬怯むように手を遠ざけていく。だが、本能的にそれを察知したエレンは彼女の手首を掴み。迫った。そんなエレンの行動に、彼女は暫しの沈黙後。降参するかのように息を吐きだしてから。



『私の近くに居てね』



そう言ってエレンの鼻の頭を人差し指の腹で押した。その行動にエレンは呆然としてしまい、掴んだ手首を緩めてしまう。その隙を逃すわけもなく。彼女はエレンから離れてしまう。そんな彼女の後姿を見つめながら、エレンは叫ぶように返事を返した。



「はいッ!!」

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