この日甘やかなるときを

机上の空論だと人は、馬鹿にした。


2月14日。今日はやたらと甘い匂いが立ち込めて思わず鼻を摘む。外は朝から女子たちを励ますような白い結晶を降らせるから私は目を背けて通学路につく。真っ赤な鼻を白いマフラーに埋めながら。



「世良」



名前を呼ばれるから視線を窓から内側へと向ければ、そこにはむくれている鞠がいた。



『聴いてるよ。で?いつあの殺人チョコを渡しに行くんだい?』
「放課後。彼が迎えに来てくれるから校門で待ってるの。今日は外出届けも出したからそのままお泊りしてきまーす」
『はーい。精々彼の腹が決壊しないことを祈りながら一人部屋を満喫してますね』
「さっきから笑顔で酷いこと連発すんなっ!!」



ぷんぷん怒りながらまた彼女の彼氏への惚気が小一時間ほど続くのだろう。それをうんざりしながらも特にすることもないから歩きながら再び外を眺める。
まだ、雪は全てを覆い隠すことは出来ずに必死に降っているようで。吐き出した息が白いからカイロを抱きしめた。はあ、私には、まだ、どうしようもなく寒かった。



「もうーさぁ…会えない時間がどんどん長くなるから」
『近くにいればいたで文句言ってんじゃん鞠』
「ぶぅー。……ああ、会いたいな」
『今日会えんでしょ?』
「そうだけど…チョコ、大丈夫かな」
『…私が監修したんだから大丈夫に決まってんでしょ』
「うん」



嬉しそうにハニカム鞠の乙女な仕草に、彼女の頭を撫でた。おかげで私の胃袋はチョコだらけですよ。廊下を歩いていれば友人に会う。



「世良ー、チョコあげる」
『さんきゅ』
「あたしもあげる!」
「わたしのも」
『はいはい』



次々と教室につくまでチョコを渡される光景は、毎年恒例で。女子にモテるというよりおねだりしたらもらえただけの戦利品だけど。



「いつ見ても凄い数だね。今年こそ東堂君の記録抜くかも」
『いやあれだけ貰ったら流石に食べれない』
「全部食べる気?」
『大事な好意は余すことなく食べるのが貰った者の責任でしょ』
「無駄に男前メ!」



抱きついてくる鞠を他所に用意した紙袋へ皆から貰ったチョコを入れて私たちは教室にたどり着く。



「今年はチョコ用意してないの?」
『お返しは3月14日にして欲しいんだって』
「おいおい、ガチかね」
『さあ……』



いつもと変わらない風景、どんな行事になってもきっといつもの日常が私を取り巻く環境になる。もう、あの頃のように季節を一々楽しむことが出来なかった。
夢見る乙女、ステキなフレーズですこと。



「あ」
『え』



放課後。鞠と共に校門へ行く最中、私たちは共に立ち止まった。
それは、何故か。それは、中庭に二人の男女が居たからだ。バレンタイン、まさに女の子の戦場となるこの日はどこでも告白をしている生徒で溢れていた。だから、これもそんな中の一つの恋の話に過ぎないと思っていた。だから特別興味を示したわけでもないけど、暇なので観察を始めてしまう。癖だ。
真面目な黒髪をした男が女の腕を掴んで、何やら口論しているようだ。栗色のお姫様みたいなフワフワな髪が流れるように揺れて、男の頬を平手打ち。突然の出来事で私も驚く。

ありゃ、修羅場だな。



「修羅場だね」



覗きこんでいたら、隣で鞠も見つけたようで二人して並んで眺めた。



「あれって荒北と冴木さんじゃない?」
『……、誰?』
「本当に興味ないね」
『生身の男に興味ない』
「断言すんな。荒北靖友だよ、あの一年の時破天荒だった」
『……へぇー』
「おいおい。ちなみにあの女の子は――」
『超可愛いね。もしかして冴木花梨?』
「……何で知ってんよ、アンタ。しかも何で女の方なのよ」
『えっ。可愛い子は記憶しておかなきゃ損じゃん』
「真顔で言わないで、怖い」
『で?その破天荒と美少女はどんな関係なわけさ』
「一応、うちの学校での噂によれば美女と野獣カップルとは聴いてるけど」



そう言って二人してまた中庭へ視線を投げかける。数秒の沈黙後ふたりで黙って顔を互いに見返す。



『付き合ってんのかな?』
「さぁ…ここからじゃ判断できないけど。噂ではそうなってるよ」
『ふーん』



興味なさげな返答を返すと、鞠は苦笑して「 行こう 」と私の袖を引っ張る。それにつられて私も動き出す。
でも視線はずっと中庭だった。そんな私に気がついているのか、鞠は続ける。



「でも冴木さんって彼女の居る彼氏が好きなんだって」
『なにそれ、昼猫?』
「ドラマね、昼ドラ。アンタが言うとお魚咥えたドラ猫みたいじゃない」
『たまだし』
「アットホームな家庭に飼われてる猫かよ!」



素敵なツッコミに笑えば鞠も笑いながらも軌道修正しようと咳払いを一つ。



「何でも人の物じゃないと付き合う気が失せるらしい」
『それも噂?』
「これは証拠もあるのよ。今まで付き合っていた彼氏は皆彼女持ちで、彼氏が彼女を振ると同時に捨てちゃうんだって」
『へぇー、それって欲しがり?それとも趣味なの?』
「あの容姿だったら何でも手に入るとか思ってるんじゃないかな、って恨みつらみを持った彼女達が言ってたよ」
『爽やかに言うな』



笑顔で言い放つ鞠にツッコミを入れながら、視線を冴木花梨から荒北靖友へと変更した。
何かを言われたまま彼は一言も発しないかのように、口を閉ざしていた(多分)。
でも、その色の白い肌が光に反射して見えたから何だか………。



「世良?」



名前を呼ばれれば、もう無関係。



『別に関係ないや』



いつも通りの言葉が口から出れば、「 出た 」って笑って言われた。



そう、現実での恋愛事情(シュミレーション)なんて私には無関係。知ったことではない。勝手にやってろリア充ども。


(20140317)
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