夜の音は透明
少年の名前など知らない癖に、一人前に告げた言葉は音を消す。
あのチョコの日から二日たった月曜日の放課後は一生来なければいいとカミサマとやらに願いました。
まあ、どうせ聞いてはくれないんだろうけど。
「それでね―彼がね」
『へぇーそうなんだ。やっぱり君の彼氏は最高の胃袋の持ち主だったね』
机の上に置いた胃薬を指先で弄りながら彼女に告げたとしても今の彼女にしたらそれはいい塩梅。背中をばしばし叩かれながら、私は今日もチョコを食べる。
「まだ余ってるんだ。手伝う?」
『頼むわ。流石に胸焼けしてきた』
「甘いもの苦手な癖に〜」
『気持ちを無下にしたその瞬間呪い殺されそうなんで』
「うっわ――洒落になんない」
チョコクッキーを食べながら鞠はチョコの消去を手伝ってくれる。放課後は教室もまばらになるから私たちはしばらくの間ここに滞在をする。
「そう言えば……どうなったん?アレ」
『……なんのこと?』
「とぼけちゃって……誰に渡す気だったの?てか、渡したの?」
『はい?』
「……強情」
笑顔ですっとぼければ鞠は不貞腐れた。まさか気づかれていたとは思わなかった。でも、一緒にチョコを作っていたしこっそり見られていたのかもしれない。ああ、見苦しいなあ私。
「綺麗にラッピングして…行き場のないチョコが可哀想」
『大丈夫。私が食べてあげるから』
そう言うと「 ばか 」と返された。意味ないじゃん。って……。
気持ちは何時までたっても進まない。チョコ如きが私を語るなんて許せないから渡さないし、あんなチョコはとっととドブにでも捨ててくるわ。
誰が貰って喜ぶのよ、あんな腐ったチョコ。
「東堂君にあげないの?」
『要らないでしょ。もう』
「まあ、確かに……」
『別のあげたから大丈夫』
「まさか…胃薬?」
『毎年恒例の胃薬だけど?』
「(可哀想ッ!本当にっ可哀想すぎるけど……サイコっーに見てみたい!!その渡された瞬間の顔動画にとって保存したいわー!!!)」
何かに耐えながら震える鞠に、また尽八弄りかなって思いながら教室の空気を吸い込む。
『くしゅ!』
「やだ、風邪?」
『いや、そうじゃないとは思うけど』
「冷え性なのに薄着だからじゃないの?ほら、マフラーして帰ろうか」
『んー』
ぐるぐると巻かれるマフラー。灰色のコートを羽織り帰る支度をして私たちは一緒に教室の後ろのドアから出る。一歩目が廊下を踏んだ瞬間、勢いよく歩いてきて、ぶつかってくる女子生徒。驚いてよろけながら三歩くらいで体勢を立て直す。
「ちょっと大丈夫?」
『ああ、うん…ちょっと吃驚した』
心臓辺りを撫でおろしながら鞠の心配した声に答えるとぶつかった女の子と顔を見合わせる。
確か…冴木、花梨……。
「ごめんなさい。前見てなくて」
『こちらこそ、不注意でごめん』
ふんわりとした髪が揺れる。目の前で美人さんが微笑む。まるで芸能人だ。甘い香りが漂ってくる。凄い、女の子。実物で観る冴木花梨は、美少女だった。それにお姫様って呼ばれるにピッタリな子。
「待てヨ、花梨!」
「靖友」
少し見惚れていたら彼女の後ろから腕を掴んで声をかけてきた、(確か)荒北靖友が現れた。少し息を乱している。お互い名前で呼び合っているのを目の当たりして、こうして並ばれると……恋人にしか見えないな。
「話はまだ終わってねぇーだろが。最後まで聞けヨ」
「もう話す事ないでしょ。いいから離してよ」
そう言って冴木花梨は乱暴に、荒北靖友の手を取り払い距離を置いた。周りには少なからずの野次馬が周囲の見当を見ていた。好奇心という視線がここへ集中する中、鞠と私もただ見ていた。去るにも注目の的範囲内にいるため動けなかった。
「 どうする、いつ抜け出す? 」などと相談している間にもあのお二人の話は進む。
「言ったでしょ。そっちが条件飲めばわたしも靖友の言う事を聴くって」
「………わぁーったヨ」
恋人のような雰囲気に見える。まさに別れ際のようなそんな空気。だけど…少しだけ違う。少しだけ…異様な空気に思えた。異質って言うのか…片方だけ違う。
微妙な変化に頭を悩ましている時、誰かの手が私の肩に腕を回して引き寄せられる。突然のことで対応しきれず、されるがままにぽすっと、硬い胸板に頭を預けた。
「コイツがオレの、カノジョだ」
『………(はぁ?)』
「前に話した事あんだろ?仲村チャンのこと。嘘じゃないってコレでわかった?」
「……わかった。もうしない」
「条件はチャーンと守れよ?ンじゃア、俺は今から彼女と大事な用があっから」
「教室で待ってる」
そう言って、冴木花梨は荒北靖友に背を向けて廊下を戻って行く。その姿を眺めながら、今の状況をあまり理解できないまま。身体は方向転換される。
「ンじゃ、行くか。仲村チャン?」
『え゛ぇ』
視線を荒北靖友へ向けると、笑顔の下に隠れた嘘が怖かった。強制だ。これ絶対拒否権ないな。
そう悟ると、鞠へ言葉をかける。
『教室で待ってて』
「お……おう?」
一応返事はしたものの、彼女自身も理解出来ていなかった。去り際に野次馬達の声がうるさかったのは覚えている。
名前も顔も知らない男の子に告げられた恋人宣言に、ハッタリだとわかっていてもどうしても反論出来なかった。否定すればよかっただけなのにそういう空気じゃなかった。
ああ、私って損なヤツ。
(20140317)
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