熱病と共に

保健室に着くまで肩に回った手は離れなかった。


静かに扉を開ける音が廊下を包み込む。中へ入ると誰もいなかった。多分、プレートもなかったことを推理しても席をほんの少し立っただけだと推論づく。
入るのを躊躇う荒北くんに首を傾げながら私は棚へ向かい、薬品を取り出す。と、だいそれた事を言ったがあくまで包帯と湿布のことだ。

養護の先生が座る椅子に座り、湿布を適度な長さに切ろうと鋏を片手に荒北くんへ視線を向ければやはり、居心地が悪そうだった。



『座って?』
「あ、ああ」



歯切れの悪い母音を響かせながら荒北くんは後頭部を掻きながら項に手を置く。
目の前に椅子を引き寄せてトントン叩くとごくりと喉が鳴った音が聞こえた。緊迫した空気の中、彼は椅子に腰を降ろす。静かに空気が抜ける音を聴きながら彼が高らかに置くその腕へ手を触れさせると彼は、もっと静かになり、その手を引き寄せて腫れ具合を確認しながら適度な大きさに切る。鋏を入れる音が大きく響くのを感じながら、無言で作業を続ける。静寂なこの空間の中で、彼の息遣いが空気に溶ける。

ここには、言葉なんていらないかのように、気まずさは感じなかった。包帯を巻き終えれば、やっと二人の間に会話が生まれた。



『はい、出来上がり』
「あ、んがと・・・」
『無茶しないでね?試合を控えてるんだから』



使用した道具を片付けながら彼に背を向ける。薬品棚に閉まっていくものたちを陳列する。



「あーゆーの、ヨくあんの?」
『……ないよ』
「本当かよ」
『あるわけないでしょ?あんな漫画みたいな出来事。そんなのが日常化していたら漫画も吃驚だよ』



振り返り、彼に笑い返せば、それ以上の追求はなかった。
彼の口が再び開くとき、保健室のドアが大きな音を経てて開閉された。



「世良っ、大丈夫?!怪我したって聞いて!!」
「いや、怪我したのは靖友だぞ」
「うっさい新開!そんな細かいことはどうでもいい」
「よくはねぇーダろ」
「あー心配したんだよっ」



二人の話も聴かずに暴走した鞠はそのまま私に抱きつく。そんな彼女の態度に周囲は呆れた。



『荒北くんが庇ってくれたから、大丈夫』
「えぇーそうなんだ」
「何でテメェーが嫌そうなんだよ!!」
「生理的?」
「ハッ!!」
「今、馬鹿にされた。すっごい傷ついたから、慰謝料寄越せよ」
「新手の詐欺かテメェは!!!」



鞠と荒北くんがじゃれあう猫のように。その微笑ましい光景に一瞬救われた。ほっと息を吐き出して薬品棚の扉を閉めると隣にいつの間にかやってきた新開。



「無理してないか?」
『大丈夫だよ』
「おめーさんはどんな言葉をかけたって全部【大丈夫】で返すから信用なんないんだよ」
『……今回は大丈夫。どこも怪我してない』
「よし」



ぷくりと膨らました頬袋。そんな私に新開は満足げな顔をして寄り添った。尽八を説得して置いて来ただのと不安要素を意図も簡単に報告する新開に、脇を肘うちしながら笑いあった。
そんな様子を見られていると知らずに。



「……あいつら仲イイわけ?」
「少なくともアンタよりは」
「フーン」



興味ないのか、それとも偽っているのか荒北くんはそう答える。



「もうすぐ試合終わるね、次うちらだよ」
『行かなきゃじゃん』
「先に行ってるぞ」
『ん?』
「狭山が話があるんだと、靖友に」



新開に背中を押されて私は荒北くんに「 また 」と手を振る。それに答えるように視線を合わせた彼と別れ、廊下を歩き出す。保健室に残った荒北くんと鞠は互いに顔を背けながら、鞠の静かな声が響き渡った。



「…ねぇ、荒北。本気で狙ったならさ、あの子の事どこまで背負える?」
「………はっ?」



鞠はどんな事を荒北くんに吹き込んだのだろうか?
それはどんなに考えても私には理解出来ない領域だったのだろう。新開と歩く廊下では、試合が終わった尽八のマシンガントークの如く心配したぞという言葉が弾丸のように続いた。



(20140624)
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