Merry-go-round is danced
「果杞!」
「……」
笑顔で手を振って来る大人げのない大人が、大声でわたしの名前を呼ぶから。わたしは微妙な気持ちに苛まれながらも、愛想よく引きつる口元を気にしつつ、手を振り返した。
メリーゴーランドであそこまではしゃげる人は、寧ろ居ないと思う。
心の中で悪態ついた。わたしのことなど知る由もなく。黄瀬くんは、今しがた終えて帰ってきたその元気の良さのまま、わたしの手を引っ張り「 次は! 」と駆けだす。その勢いに押されながら、流されながら、わたしの足も自然と軽やかに進みだす。
「はあー。遊んだ遊んだ!」
「(そりゃそうだろうさ…あんだけ乗れば)」
絶句するかのようにわたしは顔を逸らす。げっそりしてるだろうな顔色とか思いながらやっと椅子にもたれかかる。いくら身体が若返ったと言っても、精神年齢は成人者。体力が追いつきませんし、精神も追いつきませんよ。眩しいくらい、若さを実感させられるから、わたしは息を溢す。
「疲れちゃったんスか?」
「えっと、…少しだけ」
「ふーん…」
怪しまれたか?笑みを貼って誤魔化す。どうも、黄瀬くんの前では虚勢も剥がされてしまうような気がする。元々ウソをついても無意味だと心の深いところで理解していた。だから、本音を少しだけ洩らしてしまう。これは、無意識だ。言ってから気づくが、もう遅いというもの。これも、カノジョの精神の忘れ物なんだろうなって思った。
奢ってもらったジュースをストローで飲む。黄瀬くんも飲みながら、わたしを上目遣いで観察するような視線を投げて来る。ゴクリ、と喉が鳴りそうでひやひやする。コトリ、と大げさに音をたてて、黄瀬くんは紙カップの容器を簡易テーブルの上に置いた。
「遊園地、楽しめたっスか?」
「え」
「ここに来た目的はもちろん俺の誤解を解くためでもあるんスけど。最優先事項は、君を楽しませるコト、だから…。だから、楽しかった?」
小首を傾げて微笑みかけられる。その優しげな目元に、頬に僅かな熱が集中しそうだった。うろたえながら、わたしは視線を左右に彷徨わせる。どうしよう。どうすればいいんだろう。わたしの感想を言っても、いいのだろうか……。問い掛けるように黄瀬くんを見つめると、彼は綺麗な瞳でわたしに答えを促してきた。その勢いに押されて、わたしの唇は勝手に口走る。
「…久しぶりに来て、ちょっと、混乱、してる」
「そう、なんスか」
「でも、ちょっと、楽に、なった」
そうやって少しだけ表情を和らげられた気がする。わたしの中に這っていた緊張の糸が少しだけ外れるのがわかった。
「よかった」
そう言って、彼は、わたしに笑いかけてくれた。それが、何だか、とても嬉しかった。初めて受け入れられた、そんな気がしたから……。
また一口飲むと、黄瀬くんはジュースを持つわたしの片方の手に手を重ねてきて、それをテーブルの中央まで持って来させて、握りしめられる。突然の行為に、思考の判断が狂う。
「やっぱり、欠けちゃったんスね…」
「……」
今にも泣きそうな顔で黄瀬くんは笑った。そんな苦しい表情でわたしの手を愛おしそうに撫でた。
「、記憶が無くて…不安だったスよね。ごめんね…すぐに、気づいてあげられなくて」
記憶喪失だと見抜かれた。だけど、そんな衝撃的なことよりも、黄瀬くんの言葉や行動がとても不思議に思えた。
どうしてこの人は、こんなに苦しそうなんだろう……?まるで、責めているみたい、自分のコト……。
重なっているのに、ぬるま湯みたいな温度。だから、言葉の代わりに重なっている手に少しだけ力を込めた。泣かないで……、苦しまないで……。それが伝わるように。きっと、カノジョもそうしたいと、そうするだろうと、思って。わたしは、カノジョの真似をした。
そんなわたしの行動に、黄瀬くんは、はっとするように暫く固まるけど、次第に溶けて行くみたいに眉を寄せて苦笑した。
「ありがとう」
どうしてだろう……この人を悪く思えない。本当に、この人はストーカーなのだろうか?カノジョを脅かす、存在だったのだろうか……。黄瀬くんに接したこの短時間で、わたしはだんだん。黒子くんのことが、わからなくなった。
「…黄瀬くんは、黒子くんと仲が悪いの?」
「ん?」
そう、問わずにはいられなかった。真意を確かめたかった。譬えそれが、嘘だったとしても―――。
「俺は、君の彼氏なんスよ」
総てを染め上げるみたいに、彼は妖しく笑みを浮かべて、そう述べた。どこか、暗い影を背負いながら、それでも、一瞬にしてキラキラと眩しい笑みと転換させて……。
泣かないで……、泣く必要なんてないから。だってわたしは――カノジョじゃないもの。
2012.12.02
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