Made without any promise of reunion
「もう帰ろうか」
黄瀬くんは一言呟いてから、席を立ち上がりわたしのカップも持ちゴミ箱へ向かう。彼の言葉の真意に混乱するわたしを彼は責めるわけでも問いだたすわけでもなく、ただ無言で行ってしまう。そんな彼の背中を眺めながらわたしは、白い椅子に立ちつくした。
電車を降り、ホームを抜け、改札口をくぐると、いつもの景色が広がる。夢の世界は終わりを告げた。その間もずっと黄瀬くんはわたしには触れなかった。あれ程までに触れたがっていたというのに、今はめっきりだ。それに対して哀しいとか淋しいとか、この距離に何故か心を苦しめられた。
「じゃあね」
振り返らずに告げた彼の別れの言葉に、わたしはもう二度と会えない気がして、居た堪れなかった。自然とわたしは彼の手を掴み強く握りしめた。
「待って!」
「ッ」
引き留められるとは思っていなかったのか、黄瀬くんはわたしの言葉と行動に驚いた様なあどけない子供の表情で振り返りわたしを見降ろした。
大きく息を吐き出してから、わたしは黄瀬くんを見上げる。なんて、表現したらいいのだろう。この渦巻く意味のわからない感情に、何と名前を付け、何と呼べばいいのだろう。
「わたしはっ、あなたを…悪い人には視られないッ」
「……果杞」
きつく結んだ彼の手がわたしの手を繋ぎ直す。それは、まるで……恋人のようで。
見つめられた瞳に甘い痺れを感じながら、彼がはあ、と吐息を吐く。残暑の残る大通りで行き交う人の視線はどこかへ向けられる世界の中。黄瀬くんは徐々に顔を近づかせて、わたしはそんな彼の行動を見つめながら、二人の息が互いの唇を湿らせる。あと1センチという所で、彼が突然口を開いた。
「黒子っちのことを信用するな」
「え」
その言葉にわたしは意識を持っていかれる。後僅かな距離に差し迫った直後。彼側から流れによって来た人に肩をぶつけられ、身体が後ろへ傾く。
「あ」
黄瀬くんはわたしを抱きとめようと動くが、それよりも先に彼も人の波に押されて後方へ後退させられる。何だか、人の波が意図的に操作されているような感覚に陥る前に、わたしは後方から腕を掴まれる。突然の引力に驚き、背中が誰かの胸板にあたる。後ろへ振り向けば、そこには記憶に僅かな残像として蘇る人物とそっくりな男の子が立っていた。
「果杞ちゃんだよね?俺、高尾って言うんだけど…ああ、警戒しなくていいって。俺は火神の友人だから」
耳元で囁かれたその言葉にわたしは身体に入った力を抜く。
「果杞!」
黄瀬くんの声に反応してそちらへ視線を送れば、彼が人の波を掻き分けてこちらへこようと来る。そんな彼の姿を高尾くんと見つめながら、腕を引っ張られる。
「悪いけど黄瀬君?この子は俺が預かるから、またね」
「待て!」
黄瀬くんの制止の言葉が木霊する中、わたしは高尾くんの強引に連れて行かれる。一度、振り返ると黄瀬くんは追っては来ようとしなかった。そんなわたしと黄瀬くんの様子に高尾くんの呟きが微かに聞こえた。それは、わたしも同意見。
「必死なわりには追ってこなかったな…」
やっぱり……。心のどこかでそんな蟠りが広がった。
2013.02.12
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