Two face dear
「……」
病院に入院など、生まれて20年で初めての出来ごとだった。確かに身内で入院して、お見舞いとかはしたことがあるからいいが、自分がというのは、初めてすぎた。点滴だけだった生活から、やっと自分の口で物が食べられるようになって、数日。思った事は、一つだ。
「お母さんの煮物が食べたい」
「大分、毒されてますね。果杞さん」
お茶を買って来てくれた黒子くんが、程良いタイミングで現れた。そう言えば、毎日病室に来ているけど、大丈夫なのか、学校?と前に聞いたことがある。今は、夏休みだそうだ。懐かしいな、夏休み。大学生も夏休みあるけど、遅いし下手したら期間短いから、高校生の夏休みはほんとに、羨ましい。まあ、実際今のわたしも高校生の身体だから、高校生と言う身分なんでしょうけど。
お茶を受け取り、余った飲み物は冷蔵庫にしまってくれた。彼はどこに何があるのかとか、把握している。もう、慣れたのか、定位置に黒子くんが座る。
「病院食って味が薄いんだね…退院したい人の気持ちがわかった気がする」
「栄養バランスを考えての献立ですから、仕方ないですよ。ゼリーとか買ってきたので後で口直しにでも食べてください」
「ん、さんきゅ」
味気のない里芋のあんかけを口の中に入れる。歯で噛めば、この身体が生きている事を実感した。
あの時、黒子くんから聞かされたこの身体の持ち主であるカノジョの死。死体だと思って顔を青ざめたが、詳しく聞けば。どうやら昏睡状態だったらしく、ほぼ死体認定されかけていたようだ。もう、目覚める事はないと医師に判断されていたらしい。そんなカノジョが眠りについたのは、今から2年前。高校1年生の冬らしい。事故だと黒子くんは言うが、詳しいことは聞けなかった。16歳の少女が、事故で死に追いやられてしまうという事実は、成人者として、実に嘆かわしい事だ。だが、疑問が残った。何故、2年前に事故で眠ってしまった彼女の身体に、交通事故に巻き込まれたわたしの意識が乗り移ったのか、だ。いや、この場合…乗り移れたのか、かな。
カノジョとわたしは、名前も外見も、年齢を除けば同一人物、だった。
だから、黒子くんとわたしはある一つの仮定を提示した。世界はふたつあるのだと……。そうすれば、今のところの辻褄が合う。
わたしの知らない人物たちが生活している、だから別の世界だ。だけど、わたしと同じカノジョが存在している、ということは似て非なるもの。なら、ドッベルゲンガー説を元に考え、導き出した結論は、世界がふたつ存在している、ということだ。
この考えに至るまで、葛藤があった。主に、黒子くんが。わたしは特になかったかな。既に死んでいるって受け入れた時点で、もう、何が起ころうとどんな結論になろうと、もう、そうなのだろうって何でも来いって体勢になってしまっている。順応能力高くなったなって思いながら、デザートのメロンにスプーンを入れると、突然、扉が開いた。
「……果杞ちゃん?」
「……?」
そろり、と開けられる扉、室内の様子を覗くように隙間だけを開ける訪問者の姿などこちらからは予測不可能だった。それに、今、黒子くん以外の人物が来られても困る。若干、喉にメロンの果肉をつまらせながら、その人物へ意識を集中させる。既に脳内は言い訳ばかりの言葉が巡っていた。
そんなわたしの状況に、黒子くんも焦っているのか、少しだけ座っている椅子から腰をあげる。だけど―――。
「おい、さつき。開けるなら開けろよ」
「大ちゃんったら!何言ってるの?!まだ絶対安静って言われてるし、それに……」
うん?……大ちゃん?……さつき?
聞き覚えのあるふたりの名前に、わたしの意思とは反対にスプーンは皿の上に落ちた。ドアの外では攻防戦に突入しているのか、半びらきのままである。そんな様子に黒子くんは溜息を溢して、今度こそ腰を上げた。
「二人を室内に入れますが、心の準備、しておいてください」
「う、うん……」
半ば、放心状態のわたしに声をかけてから、黒子くんはドアの前まで行き。一気にドアを開け放ち二人に声をかける。
「いい加減迷惑なので、速く入ってください二人とも」
「テツくん!?」
「なんだよ、テツ。お前の用ってここかよ」
どうやら、黒子くんの知り合いのようだ。いや、そうなるとわたしとも知り合いになるのか?いやいや、カノジョの、だな。混乱する脳内を整理しながら、大きく深呼吸をして、室内にやってきたふたりを迎え入れた。
「ひ、久しぶり……さっちゃん、大ちゃん……っ」
顔を上げた瞬間。わたしの思考は停止した。
だって、嘘でしょ?なんで、よ。別の世界だって仮定して、やっと稼働したと思ったのに、なんで、また、振り出しに戻るようなことが起こるのよ……もう、こんなの、勘弁してよ。
わたしの目の前に居るのは、紛れもなく。わたしの世界に居た二人の幼馴染だった。隣に住んでた桃井さつきと青峰大輝だった。
わたしが、二人の愛称を呼ぶと、何故かさっちゃんは涙を流してわたしを抱きしめていた。
「果杞ちゃんっ!……しん、しんぱい、したんだから……」
「さっちゃん……」
何故だろう。わたしも、瞳の端に涙を溜めていた。知っている顔に会えたからかな?それともカノジョの反応なのかな?わたしは、安心したのかな?
「でも、よかった……無事で、よかったよ……」
「……ごめん……ごめんね、さっちゃん」
自然と出て来た謝罪は、ダレのなんだろう。パジャマの布を通して広がるさつきの涙に、今度こそ、わたしの涙も頬を伝った。
そんなわたし達に、大ちゃんもそっとさつきとわたしを抱きしめるように、腕を回して、出て来る言葉はこんな言葉だった。
「ほんとっ、オマエが生きててよかった……」
「大ちゃん……心配、かけて…ごめん、ねっ」
「気にすんなよ!オマエは、何も悪くないっ」
何がだろう、ふたりの言葉には何かが隠されていた。それに気がついていながらも、わたしはわたしの感情を抑えることが出来なかった。ふたりの幼馴染に甘えるように、泣いた。
蓄積していた、見えないナニかに、不安を覚えながら……。
2012.09.06
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