Room No. 805
退院祝いは無事に終了した。遅れたけど降旗くんたちは笑顔で迎え入れてくれた。高校生だから、炭酸ジュースで乾杯して、食べ物の色とりどりな色に惹かれて、わたしも嬉しくて笑った。心の底から、楽しんでしまった……。
9時頃になると流石に外は真っ暗だった。大輝はさつきを送ると言って、黒子くんにわたしを託して先に帰ってしまった。二人はまた何かあったら連絡を頂戴と言って、最後までカノジョ基わたしに優しく親切だった。当たり前か、だって、幼馴染だものね。
タクシーを捕まえて荷物をトランクに積む火神くん。黒子くんは運転手に道を伝えていた。夜の帳の空気に瞳を閉じて息を吸う。
はあ、っとゆっくり吐き出した息と瞳を開けてわたしは、緊張していた。これから、帰るんだ。家に。カノジョの両親が居る、家に……難関だ。難問より難易度高いと思う。娘らしく振る舞うことは出来るだろうか?粗相がないだろうか?他人行儀のような行動だけは控えよう。あくまで、カノジョらしく……って、出来ているのか?そもそも、カノジョってわたしみたいな行動するのかな?喋るのかな?周囲の皆の反応は特に、違和感を感じたような人物は誰もいなかったから、それでいいのかと思っていたけど、本当の所。どうなんだろう?
悩んでいると火神くんがトランクに詰め終えてわたしの方へやってきた。
「ありがとう。荷物つめてくれて」
「ああ、別に構わねぇよ。明日から学校だけど来るのか?」
「うん。行けたら行こうと思ってるよ?」
「そっか」
どこか、悩ましげな表情の火神くんに首を傾げて疑問が芽生える。どうしたのだろう?口を薄らと開けた火神くん。わたしはその解答を待った。だけど、それは、言葉ではなく、ただの空虚だった。刹那の沈黙に、黒子くんが割って入る。
「そろそろ行きましょう、果杞さん」
「ぁ、うん。火神くん、また明日」
「っあ!ああ…また、な」
歯切れの悪い彼のつっかえ棒にわたしは黒子くんに引かれるまで暫く彼の背中を見つめた。反対方向に去って行く彼の後姿を……。
「降りますよ」
「!え、あ、はいっ……!!」
黒子くんが空いたドアから覗きこむようにわたしに声をかけてくる。その声に驚いて身体が揺れる。慌てて外に出ると既に荷物がトランクから出ていて、それらは線の細い黒子くんの手の中にあった。支払いも済ませていたのか、わたしが降りるとタクシーはすぐに発車して真っ直ぐに進んで行ってしまった。ぼんやりとタクシーを目で追っていると再び黒子くんに声をかけられる。
「行きますよ」
「うん…」
前を歩く黒子くんの背中を追いかけて高層マンションの玄関に入る。その広々としたエントランスに目を奪われながら黒子くんは素早くオートロックを開けてわたしを促す。彼の背中を追いながらエレベーターに乗り込み、8階を目指した。降りると突き当りの紺張りのドアの前で立ち止まり、黒子くんはポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込み、左に回す。カチリ、と音がしてから鍵を回収してドアを開けた。自分が先に入り、わたしを招き入れる。そそくさとドアを持ち、中へ入ると広々とした玄関があり、長い廊下が目の前に存在する。呆気に取られながら靴を脱ぎ。黒子くんが用意してくれたスリッパを履いて、靴を脱ぎ揃えて廊下を進み、目の前のドアを黒子くんが開けて、それに倣ってわたしも入る。リビングは結構な広さでソファーと大型液晶テレビが配置されていて、キッチンの傍にはダイニングテーブルが二人掛けの小さなスペースもあり。キッチンはアイエイチだった。リビングの右隣には二つのドアが存在して、奥のドアを黒子くんが開けて中へ入る途中、わたしへ振り返り。
「ここは、果杞さんの部屋なんですが。僕が入ってもいいですか?」
「……はい?」
本当に、わからなかった。だから、真意を確かめるためにそのドアへ入ると室内は確かに、わたしの部屋と似ている家具の配置と色合いだった。思わず、空いた口が塞がらない思いでゆっくりと黒子くんを抜かして室内の中央へ歩み進める。ちょっと広いけど、確かに窓の下には、本棚とベットが合って。その先に机があって、クローゼットも同じ場所に配置されていた。
呆気にとられる。何が何だかさっぱりわからない。ぼけっと突っ立つわたしに黒子くんは荷物を端に置いてわたしをもう一度リビングに引き戻し、ソファーに座らせて彼はキッチンへ向かい次に現れた時には、温かなココアが入ったマグカップを差し出された。それを受け取り、湯気が立つそれに息を小さく吹きかける。
「…ここは、カノジョの家なの?」
息を吹きかけながら、一際大きな緊張の息を吐き出してから問い掛けると首を横に振り、否定した。
「正確には、僕とカノジョの住居ですかね」
「住居……って!同棲?!」
ココアに口をつけて聞いていたらふしだらな言葉を聞いて唇が火傷でヒリヒリ痛みながらもカップをガラステーブルに置いて思いきり立ち上がった。
「だ、だって、彼氏じゃ…しかも、高校生、でしょ?」
「落ち着いてください。あなたが考えている様な関係でもないです。カノジョの両親が海外赴任でカノジョも一度着いて行ったんですけど、食事が合わなくて。カノジョのご両親に頼まれたんです。一人暮らしは危険だからと。調度僕も家から通うのには実家では不便を感じていたので、暮らすことになった、ただのルームメイトですよ」
「あ、ああ…そう、なんだ……」
はあ、っと息を吐いて力が抜けるみたいにソファーに沈みこんだ。今度はゆったりとココアを飲む。自分の家だと知ったことと、カノジョの両親に会わなくて済むリスクと、黒子くんの安心感にほっとした。
そんな様子のわたしに黒子くんは、穏やかに微笑んで立ち上がる。
「確認は以上ですか?」
「うん」
「では、僕はお風呂を入れてくるのでここで寛いでいてください。後で洗濯もの籠に出して置いてください。明日洗っておきますから」
「うん……いやっ!それは自分でやります!」
「……わかりました」
下着とかいくら年下の男の子だって洗われたり、見られたりしたく、されたくないもの。傍にあったクッションを引き寄せて抱きしめて、顔を沈ませながら、ソファーでまったり寛いだ。テーブルの上にあるリモコンを手に取り、電源をつける。やっぱりこっちも地デジなんだ。とか、確認しながら番組欄を転々と移動しながら、瞳を瞑った。
大変な一日だった気がする。なにがって、そりゃ、色々だよ。いろいろ……。
さつきのあの脅えた瞳とか、大輝の発言とか、二人の空気とか、火神くんの言いかけの言葉とか、続きとか、降旗くんの言葉の違和感とか、食い違いとか……食い違いって、ナニをだっけ?……いや、大したことじゃないと思ったな。だって、こっちでのカノジョとわたしはやっぱりどこか違うし、記憶も曖昧だし。多分、わたしの勘違いだと思うし。
あとそれから………ちらりと脳裏に浮かんだ黄色い髪と右耳のピアス。綺麗な顔だちに素敵な笑顔を持ち、皆に疎まれていた彼、黄瀬涼太の存在。
綺麗な人だった……わたしには縁がないような人物みたいで、ちょっと遠い存在。だけど、どうしてそこまで嫌われていたのかな?カノジョに何かしたのかな?カノジョとはどんな関係だったのかな……カノジョと黄瀬くんは、どんな接点があるのかな……?
知りたいようで、知りたくない。そんな気持ちが鬩ぎ合ってどちらも力尽きる。だって、あれが一度きりなのだから。もっと、話してみたい。彼の口から聞いてみたい。
だけど……“ クロくんが許さない ”
「……はあ?」
自分の中の声に、疑問が生じてつい、声が出てしまった。それがタイミングよくお風呂掃除から帰って来た黒子くんに聞かれて、彼は首を傾げて「 どうかしたんですか? 」と聞いてくる。ふと、そちらへ視線を向けて、彼を視界に捉える。暫く彼を無言で見つめていると黒子くんはわたしの傍まで歩みより寝転ぶわたしに合わせてその場にしゃがみ込みわたしの頭部を撫でた。髪を抑えるみたいな撫で方。
「ん?」
「……ううん、なんでもない。ごめんね、大きな声出して…ちょっと混乱してただけだから」
「……、そうですか」
優しい温かい気持ちが流れ込んでくる。気持ちよくて瞳をもう一度瞑り、それに身を委ねる。
聴こえて来た、微かな言葉。だけど、その真意をあまり、理解したくないなと、心が訴えて来た。
“ クロくんはずっとワタシの味方 ”
2012.09.26
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