Girl and stalker

迸る汗、一生懸命なその瞳にわたしは快く引き受けた。



「すみません、先輩」
「いいよ。練習がんばってね」
「ありがとうございます!」



照れながら去って行く2年生の男の子。男子バスケ部の部員の一人だ。今は、ウィンターカップに向けて練習中だそうで、妥当洛山だと言っていた。わたしは、そういうのさえも元から疎いからわからないけど、人が一生懸命なのは、応援したい、何とも野次馬根性なのだ。メモをポケットに入れて鞄を背負いなおすと、キィっとブレーキ音が聴こえて振り返ると自転車に跨っている火神くんを見つける。



「ほれ、乗れよ」
「ありがとう火神くん。毎度の事ながら…」



後ろに横向きで腰をかけると火神くんはゆっくり漕ぎ出した。



「別にいいって。どうせ、黒子は指導中だからな!」



そう言って、坂道を下って行った。その速さに眼を瞑りながらも、風が頬を滑る快感に嬉しくて笑った。

学校も本格的に始まった9月の半ば。今は文化祭の準備を控えつつの期間。学校へ行くのも慣れて来たわたしは、もうすっかり誠凛の生徒だ。一人で学校に通えるくらいには、道も覚えたし、街並みも少しずつ覚えて来ている。だけど、黒子くんは過保護なのか、決してわたしを一人にはさせない。それを不満には思った事はないけど…不満、というか。黒子くんはカノジョの事が心配でわたしに制限しているのだと、わたしは解釈している。だから、不満も何も、ない――。



「後は何を買うんだ?」
「えっと、スポドリとテーピングと…」
「結構あるな」



メモ紙を覗きこむながら火神くんがカゴを持ち、わたしは指名されている物をカゴへ入れていく作業をする。黒子くんは何かと自分が動けなくなると、火神くんにわたしを預けることが多かった。そのため、火神くんはすっかりわたしの隣にいるのが当たり前の存在になってしまっている。

いいのだろうか?迷惑に思ってはいないだろうか?

時々様子を窺うように盗み見るけど、火神くんは快く、というか、不平不満はないようだ。それが、当たり前だ。とでも言うかのような態度ばかり取っている。だけど、やっぱり気になる。



「火神くん?」



振り返るとそこに火神くんは居なくて、いつの間にかわたしは人の波に流されていた。こういう時、身長が低いと面倒だ。譬え混んでいなくても簡単にはぐれてしまうのだから。大きな火神くんを見つけるのは容易かった。だから、そこへ向かうように雑踏へ踏み入れる。かき分けて行こうと潜ると、腕を掴まれて後ろへ引っ張られる。強い力に驚いていると背中にナニかが当たり、口元を手で覆われる。大きな手。整えられた爪。大声を出せないように拉致されているこの状況。



「恙御?」



火神くんがわたしを呼ぶ。助けを求めて抵抗しようと動くと、耳元に唇を添えられて。



「しー。静かにして」
「ッ!」



その声に、肩がビクリと震えた。聞き覚えのある声。そうだ、この声は……。



「あ。店長、すんません裏口貸してください」
「なんだ、黄瀬君じゃないか。仕方ないな、お客が暴れたらそれこそ面倒だからいいよ」



黄瀬涼太の身体に隠れてわたしはそのまま、拘束状態で裏口から出された。そこは裏路地というか、誰も居ないような場所で、そこでやっと口内の拘束も解かれた。腕の力も抜けたのを見越して、急いで距離を保った。

そんなわたしの反応に黄瀬涼太は、きょとんとした顔をしてわたしを見つめた。



「あれ、どうしたんスか?この前とは随分と違うような……もしかして、警戒してるんスか?」
「ッ!…な、何の、用ですか……」



一歩こちらに近づいてくるその音だけで、身体が恐怖に駆り立てる。もしかして、あの時身体が反応したのは、彼がストーカーだったからかもしれない。どうしよう、わたしストーカーなんて縁がないからわからないよ。どうやって対処すればいいのかな?こんなイケメンなストーカーだったらやられてもいいかも、とか言ってる奴らは馬鹿だと思う。イケメンだろうが何だろうが、ストーカーは立派な犯罪者です。

ビクビクするわたしに彼は、一瞬切なそうな表情をして、すぐに両手をあげて微笑んだ。



「何にもしないって約束するから、オレに2時間だけ、くださいっス」



その無害そうな態度と表情に、わたしは警戒を少しだけ解いて身体を正面に向ける。対等になると、黄瀬涼太はほっとしたような顔をしてわたしに手を差し出す代わりに、ネクタイを解いてそれを掴ませた。



「手は嫌っしょ。だから、代わりに、これを掴んでて」
「……」



ネクタイを掴んだわたしに、微笑み。黄瀬涼太は進みだした。



2012.10.14
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