あの人はいつも黒色のリボンをしていた。俺の親友がいつも赤いマフラーをしているのと同じように。
その黒色のリボンはどうしてつけているのか、尋ねたらあの人は今にも泣きだしてしまいそうなほど震えた笑みを浮かべて言った。
『カノジョの大切な人の色だから』
「カノジョ?」
つい口が滑ったみたいで。あの人は慌てて言いなおした。
『私が、だよ!わたしの大切な人の色……』
まるで心がこもっていなかった。どうでもいい、とさえ思える。あまり深く追求はしなかったが、いつも笑っている能天気な人が、今日は酷く子供のように思えた。
「それって押しつけじゃないっすか?」
『……え?』
「あんたにとってそれは大切なものなんかじゃないって事。あんたにそれを大切な奴だと教えた奴の押し売りなんじゃないのか?って言って……」
夜鷹先輩が、泣いた。はらりはらりと静かに大粒の雫を両目から溢していく。
理科室の中。三人の買い出しの帰りを待っていた二人きりの室内で、初めて夜鷹先輩を泣かせた。
酷く焦って思わず立ちあがってしまう。伸ばした手が宙へ浮く。
「あ!そのッ……!」
『そうだね』
「へ」
『私の大切な人の色なのに、カノジョの大切な人だったから。私は勘違いして大切な人だと思っていたけど……そっか。違うのか。そうかそうか……もう違うんだね』
何かに気がついたように彼女はそのリボンを髪から取りパラパラと結った髪が解放されて彼女の顔を覆い尽くす。ポタリポタリと本格的に泣きだしたのか。でも声は聴こえない。静かに泣く人なんだな……この人は。まるでお別れを告げるみたいに、淋しさを押し殺すみたいに彼女は静かに泣いていた。
「あ、その……よくわかんないですけど、そのっ。あんたも大切にしていたんだったら、別にそのままつけててもいいんじゃないですか?」
『ううん。もうお別れをしなきゃいけないから。もういいの。ああーふっきれた!そうだそうだ!こんなもの、てぃ!』
次に顔を上げた瞬間、涙はどこかへ消えていた。普段見ている時と同じような笑顔を浮かべてリボンをくるくるっと丸めて窓の外へ投げていた。
女ってわけわかんねえ……。
『ありがとう×××』
宙を舞うそのリボンに向かって彼女は何かを呟いたのに、俺の耳には聞きとれなかった。くるりと振り返るとまだ少しだけ潤んでいた目元が残っており。俺は何だか彼女の事を可愛いと思ってしまった。年上なのに年下に涙を見せて、でも笑って、アヤノの姉さんってだけあって美人で近寄りがたいってイメージあったけど。そんな壁を無くしてくれるような、俺のペースに合わせてくれるように声をかけてくれたこの人を抱きしめたいと思ってしまった。だって未だに震えている肩がそこにあるから。
近づいてそっと抱きしめると細い肩だった。
すっぽりと腕を回せば収まってしまう程細くて小さくて、それでいい匂いがする。何か嗅いだ事のない匂いがする。花の香り?柔らかな身体の感触が動悸を早めるみたいに心臓が加速する。
ああ……何やってんだ俺は。彼女はアヤノの姉さんで、あのムカツク女の親友で、遥先輩の……××な人なのに。それでもこの衝動は止まらなかった。ブレーキなんてきっと初めからなかったのかもしれない。
『あの、シンタローくん?えっと……』
「あんたの涙。まだ止まってないみたいだったから」
『え!うそ!……でも、あの。何か止まったっぽいよ?』
「いや、きっとまだです」
『いやいや!もう止まったとまった!絶対止まった』
「あーなんかつめてぇ。服が冷たいなー」
『えぇ!ていうか、ちょっとシンタローくん!離れてよ!大丈夫だから!もう大丈夫だからっ!』
「いえいえ。まだですよ、絶対」
『いいから放せ!』
自由な両手で夜鷹先輩は俺の背中に渾身の一撃をヒットさせた。
「お待たせ!夜鷹……ってなにやってんの?あいつ」
「シンタロ―?!どうしたの?床に伸びて」
『気にしないで。床にキスしてるだけだから。それより買い物ご苦労さま』
「あんたの好きな飲み物買って来たよ」
『なになに?』
「期間限定の桃のアイスティーだよ」
『さすがっ!私の妹とマイベストフレンズ!愛してる』
「大げさなのよまったく」
「えへへ」
くそ……簡単にあの目つきの悪い女とアヤノを抱きしめる夜鷹先輩に視線を投げる。嫉妬してどうするんだって話だよな。まったく何て面倒臭い感情なんだ。床に転がっている俺に遥先輩がしゃがみ込み「どうしたの?」と心配してくれる。
ああ、何か今この人の顔を見てしまうと罪悪感が……。
「いえ、なんでもないっす」
「そうなの?あ、シンタローくんの好きな炭酸飲料も買って来たからね」
「ありがとうございます」
そしてごめんなさい。心の中でそっと謝罪した。だが、あんま気持ちは籠ってない。
20160403(加筆修正)
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