「夜鷹ちゃーん」
「暑苦しい。夜鷹にベタベタとするな」
「いたたたっ。そういうキドだって昨日は夜鷹ちゃんに髪梳かして貰ってたじゃん」
「あれはっ、別に……」
「夜鷹ーっ」
「ごめんなさいっす。夜鷹さんのコップ割っちゃいました」
ここは、いつ来ても賑やかで騒々しい。彼らの中心で先ほどから名前を呼ばれている夜鷹という女性は、いつも爽やかな笑みを浮かべて彼らを見ていた。
『マリー。怪我はなかった?』
「うん。でもコップ割っちゃった。ごめんなさい」
『怪我がないならそれでいいよ』
涙目のマリーの頭を撫でて母親のような母性愛であやす彼女を俺はどこかで会った事のあるような奇妙な感じを憶えた。
『いらっしゃい、シンタロー』
「あ、ああ……」
俺が来たことに気がついていたようで、立ち尽くす俺に声をかける彼女。ぎこちなく返事を返しては備え付けられたソファーに腰を下ろした。
横目で彼女を捉えては眺める日々。どっかで会った事ある気がするんだが、まったく思い出せずにいた。
「そんなにジロジロ見て、シンタローくんって夜鷹ちゃんの事好きなの?」
「ブフゥゥゥゥゥウウ!!!???」
コーラを噴出した。
「汚いですよ、ご主人!かかっちゃったじゃないですか!」
スマートフォンの画面の中でエネが洋服を払うようにパンパンとする。炭酸を喉につまらせたためそれどころではなかった。喉が焼ける。
『カノ。タイミングよすぎ』
「狙ったもーん」
『大丈夫?』
「あ、ああ…なんとか」
頼むから背中を撫でないでくれ。触らないでくれ。心臓の方が壊れそうだ。先に。
少しだけ離れて再びソファーに座りなおし姿勢を正した。ああ、まだ若干喉が痛いわな。
いつもの騒がしいメンバーはそれぞれ忙しいのか出払ってしまい、二人きりとなる室内。
『モモちゃんは?』
「仕事」
『忙しいね。暑いのに』
「アイドルだからな。しゃーねぇだろ」
『そっか。そうだね。しゃーないか』
彼女は立ち上がり台所まで消えてしまった。ふわりと香ってきたその花のような香りに心臓が再び落ち着かないリズムを刻んだ。
参ったなコレは……。
俺の人生の中で一番のピークだと実感する。何に対しても特に興味すら得られなかったあの頃に比べたらよっぽど健全だがある意味不健全な状況だとも言えた。
俺は一体どうすればいいのか。選択肢などありはしないのだ。
「ご主人。さっきからキモいですよ、顔面。ただえさえもスキル負けしているんですから、もっと地べたに這い蹲って崇め奉る勢いで接近しないと相手にもされませんよ」
「お前何でそんな辛辣なんだよ。そして何故バレた」
「それは、こーんなに夜鷹ちゃんの盗撮写真がフォルダ保存されていれば嫌でも気がつきますよ。舐めてるんですか?」
「お前が俺を舐めてんだよ!てか、何十にもロックかけてんのに何でお前はそれを解いてんだよ!ざけんなー!」
「スーパープリティーガールの電脳少女。エネちゃんに解けない謎などないのですよ!」
「犯罪者が何言ってやがる」
「盗撮者に言われたくありません」
スマホ画面を睨みながらエネとの会話に夢中になっていてすぐ隣に彼女が来ている事に気がつかなかった。
『なになに?何の話?』
「…うわぁあああああ!!!」
新しいコップにコーラを入れて目の前に置いてくれた彼女は俺の肩口からスマホ画面を覗いて会話に参戦してきたが、あまりに驚いて情けのない声を出してしまった挙句の果てに勢いで押し倒してしまっていた。
おおおおお押した倒してしまったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(念願の)近い近い近い・・・・・。
「ププッ、ご主人私がいない方がいいですか?いいみたいですね、じゃあ一瞬だけ移動しますね」
憎たらしい顔をしてエネは確かに俺のスマートフォンから姿を消した。あいつ……こんなタイミングで俺を見限りやがった。どうすればいいんだ!この状況!恋愛偏差値が低すぎる俺には無理難題ってもんだ。合格できる気がしねぇ。
『なんか…ごめん』
「いや。その、お前が謝ることじゃねえよ」
何を言っているんだ俺。お前が確実に悪いじゃねえか。押し倒してんだぞ。吃驚して、念願の。どう考えたって俺が悪いだろうが!でももう少しこのままでもいいかな…チラっと彼女の様子を伺うけれど、彼女は平然としていた。
……やっぱ経験あんのかな?
「お、落ち着いているな。こういう事ってもしかして慣れてるとか?」
『…んーまあ、そうなるのかな』
んんんんんんんんん。どうしてこんなに淡々としているのだろうか。俺はショックと「
よっしゃあ!相手が経験済みだと俺が童貞であってもリードしてもらえる 」犬畜生根性だなまったく。はっ、情けねえな俺。
「カノとかか?」
『確かに壁ドンとかはされるけど』
「されるのかよ。じゃあ元カレとか?」
『多分そう、かな?でも何か固有名詞が違うような気もするし…難しいな』
……MASAKAの不倫とかですか?浮気とかですか?男は一度は経験してみたいランキングに必ずランクインしているアレとかソレとかですか?不純で怪しからんが、まったくもって俺の気持ちはぶれることはなかった。寧ろ好感度しかあがらねぇ。
というか、ヤらねぇよ。誤って押し倒しただけだろうが!
「わりぃ。どくは…」
『シンタロー。あのさ』
「な、なんだよ?」
『今は動かないほうがいいかも』
「え?それってつまり…」
「お兄ちゃん?何やっているの?」
「……」
モモの声が頭上から聞こえた気がした。
(動かないでいたら偉い目にあったぞ!)
(アレはシンタローが動いたらモモちゃんの鉄拳が私に飛んでくるから)
(全ては計算の上で、かよ…俺を盾にしやがって)
そういうところが可愛いのだとシンタローは頬をほんのり染めた。
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