濡れた鏡面
※1カラットのダイヤモンド程度の嘘 の続き
※原作6巻のネタバレ多少



夜食と買出しでコンビニまで出てきて戻ってきたら幸助くんと偶然会い、一緒にプリンを食べていた。
三つでワンセットのプリンしか食べた事のない幸助くんは感動していたけれど、何か思い出したのか嬉しそうに語りだした。


「あと、夜鷹お姉ちゃんが作ったプリンだけですね。食べた事のあるものって」
「へぇ〜夜鷹が作ってくれるんだ」


食べてみたいな。あの夜鷹が作ったプリンとやらを。ここへ泊まる事になってから最初に頂いた中華丼もそうだけど晩ご飯はほとんど夜鷹が作ってくれたらしく。それはどれもこれも美味しかったことを思い出した。きっとプリンも格別なんだろうな。と想像しては涎を垂らしてしまう。


「お姉ちゃん。何でも作ってくれるので、この前スポンジケーキを炊飯器で作ってました」
「炊飯器で作れるものなの!?」
「はい。電気代がお得とか。ホットケーキミックスでクッキー作ったり」
「ホットケーキミックスでクッキーって作れるの!?」
「らしいですよ」


な、何だか僕の中の夜鷹のイメージが酷いな。作れないとは思っていないけど。そっか弟と妹のためにそういう事もしてるんだ。手間隙かけてってやつかな?お母さんみたい。世話好きなところあるから納得と言えば納得だし。あの独特な雰囲気は母性愛から織り成されるものだと言われれば違和感はまるでなかった。
高校生、16歳。彼女は僕よりもてんで年上に思えた。


「お姉ちゃんの支えに僕もなりたいから……」


幸助くんは意味深な言葉を残して具合悪そうに部屋へと戻っていった。お母さんが亡くなった。そんな事先生もましてや夜鷹からも一言も口にしていなかったそんな大切な事実に、僕は何だか無力差を思い知った。
彼女にとって僕はそういう事も話せないくらいの関係だったのかな?でも僕だって隠し事をしている。そう思うとおあいこなんだと思った。夜鷹にだって言いたくないことくらいあるよね。遼くんの事とか……記憶喪失だった彼女は少しずつ思い出しているのかポツリポツリと話してくれた遼くんの事。幼い頃に出会ってそれっきり音沙汰もない相手。そんな相手を何年も何年も想っている彼女は健気で可愛らしいと思う。


「夜鷹も女の子なんだよね」


当たり前な事なのに、それが妙な違和感を抱かせた。
部屋に戻ろうと思い欠伸をしながら先生の部屋へと向かう途中。ドアが少しだけ開いていた。暗い廊下に一筋の光が差し込まれていて誰の部屋だろうとこっそりと好奇心が覗いたら、そこにはベットに座っていた夜鷹を押し倒して馬乗りになっている男の子の姿が瞳に映った。

だ、誰だろう……?黒いパーカーを着て、明るい茶色の髪と横顔しか見れないが猫目のように見える。歳は幸助くんと同い年くらいかな?そうすると「しゅうや」くんかもしれない。じっくりと相手の男の子を観察していると、そんなことをしている場合じゃない!と慌ててどうすればいいのか悩む。


『修哉。降りて』
「嫌だよ。夜鷹姉ちゃんが否定してくれるまで離さない」


何だか、緊迫した空気だった。これは口論なのかな?互いに譲れないという顔つきで話している。とてもじゃないが間に入っていける雰囲気ではなかった。


「どうして付き合うの?誰も好きにならないって約束したじゃん」
『好きだから付き合うんじゃない。ほんの少しの間だけフリをしてくれる相手が欲しい』
「じゃあ僕でもいいじゃない。姉ちゃんの彼氏の役」
『何言ってるの。修哉は仮にも弟。血が繋がっていない赤の他人でも、無理だ』
「どうしてさ?世間体がそんなに大事?」
『大事だよ』
「……そんなに遥(あの男)が好きなの?」


一瞬、息がつまった。僕の名前を口にするしゅうやくんは少しばかり怒りをこめてそう呼んでいた。それに対して夜鷹はすぐさま否定するのかと思いきや何だか言いよどんでいた。悩ましげな顔をして眉を寄せている。それってもしかして……夜鷹は僕の事を……!?ぶわって真っ赤になる頬。熱が異様に集中している所為で自分が赤面していることが手に取るように理解できた。


「あの男のために姉ちゃんが他の誰かと付き合うって…可笑しいよ!僕にしてよ…僕なら調度いいでしょ?欺くなら得意分野だから」


そっとしゅうやくんが彼女へ顔を寄せていく。けれど夜鷹はそっとしゅやくんの唇に指を添えて止めた。


『ごめん…。こうでもしないと私は何も護れない。それは嫌なんだ』


はらり、と彼女が涙を流しながらも強い意志のこもった眼差しを向けていた。涙は彼女にとって苦渋の決断だったことが伺える。どうしてなのか僕にはまったく話の脈絡が読み取れないけれど、護るために好きでもない男の人とお付き合いをするっていうのは、しゅうやくんと同意権で納得は出なかった。それでは夜鷹もその選ばれた彼も報われない。だからといって僕が何か言える立場ではないように思えた。こんな蚊帳の外で一喜一憂しているだけのくだらない友だちで情けなくなってくる。僕は一体どう思っているんだろう……夜鷹のことを。


「シナリオ通りの展開なんてつまんないよ」
『しゅ、やっ!』
「ごめんね、夜鷹姉ちゃん」


夜鷹の手を掴み制止した手がどかされれば、しゅうやくんは無防備になった夜鷹の唇に当初の予定通り重ねた。
そして、彼は僕の存在に気がついていたのか、横目で僕を捕らえていた。やっぱりあの瞳は猫の瞳に似ている。ゴクリ、と喉を鳴らした。情けない、本当に。唇を噛み締めて僕はその視線から、その現場から逃れるように先生が今もプログラムを組んでいる作業部屋へと戻っていった。後ろ手でドアをしめれば先生の「 遥。遅かったな 」という声が聞こえた。



暫くすれば夜鷹は僕と先生のために夜食を作って部屋に訪れた。


『最終プロットまで行ったんだ。お疲れさま』
「ハハッ、可愛い生徒のためだ……ハハハッ」


先生は夜鷹から珈琲カップを受け取りながら何だか廃人と化している気がする。まだ眠っていない僕にもホットミルクとクッキーの詰め合わせを手に傍までやってくれば腰を下ろす。
「ありがとう」と受け取れば彼女は『どういたしまして』と言って微笑む。さっきの情事が嘘のように思えた。あ、いや。多分そんなところまではやってないと思うけど…何を考えてもダメな気がした。ホットミルクの真っ白な渦を見つめながら円周率でも数えてみる。


「夜鷹は衣装つくり完成したんだっけ?」
『まあね。色々と代償は支払ったけど』


そう言って絆創膏だらけの指を見せてくれる。本当に隙間なくびっしりと絆創膏が貼られているものだから何だか可哀想になってきた。


「貴音2号の格好をするんだよね」
『そうそう。私にはそれしか手伝えないからね』
「お前ら〜俺の後ろでイチャつくな」


先生の野次にドキリと心臓を高鳴らせたのは僕だけのようで、夜鷹は『黙れオヤジ』と足蹴にしていた。


「お前もアカウントあるだろ!貴音と一緒に夜な夜なゲームしてるの見てたんだぜ俺」
『思春期の女の子の部屋覗くとかいくらお父さんでもプライバシーの侵害で訴えるよ』
「ごめんなさい。すみませんでした。ほんの出来心で…」
「夜鷹も貴音と一緒のゲームしてるの?」
『まあね。貴音に誘われて…』
「へぇーそうなんだ。凄いね。いいな」
『遥くんもやればいいじゃん。きっと貴音も喜ぶよ』


振り返ってそう言われて、気がつけば夜鷹はいつも僕に『貴音は』とか『貴音も』とか引き合わせるみたいに話していたっけ。それが違和感を感じ始めるには十分だったのかもしれない。
もしかして、やっぱり…と僕は先ほどのことを思い出してはぐるぐると思考を埋めていく。先生が「お前ら寝ていいぞ」と言ってくれたおかげで僕と夜鷹は先に休もうと部屋へと戻るために廊下に出る。


『大丈夫かな?』
「もう大分架橋だから大丈夫だと思うよ」


声を潜めて足音に気を遣いながら歩く。まるで今から誰にも言えない秘密な事をするかのような空気に僕は、黙って廊下を歩いた。リビングにつきシンクの流し台へとお皿やコップを置けば夜鷹は『先に寝ていいよ』と言ってくる。けど、やっぱりさっきの事が気になってしまっていて、僕は思い切って聴く事にした。


「夜鷹は誰かと付き合うの?」
『忘れてって言ったでしょ?遥くんには関係ないんだから気にする必要もないよ』
「好きでもないのに?」
『……』
「ねえ、夜鷹。無理して付き合わなくてもいいんじゃないかな?僕が言えたことじゃないかもしれないけど。遼くんの事だってあるんだし……諦めるのは早計なんじゃ」
『諦めなきゃ駄目なんだよ。絶対に』


蛇口を捻って水が流れる。その音がやけに耳に残った。


「 諦めないでよ 」


水の音に隠れて僕の言葉が溶けていく。これはきっと僕が死ぬまで隠し通さなきゃいけない本音だったのかもしれない。


『何か言った?』
「…ううん。何でもない。でも貴音が何て言うのかなって」
『ああ、なんか怒られそう』


面倒くさいなーって夜鷹が口ずさむから僕は瞳を閉じて大きく息を吸った。
鼻に届く香りは君の甘い香りだけだった。

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