コンビニストア一角前にて。
仁王立ちしながら新発売という見出しシールが大体的に宣伝されている、三つのスイーツを前にどれを指定していたのか、記憶を巡っていた禄。
そんな彼女を余所に飲み物を取り出して、傍へ並んだ。
「どれか決まったか?」
『あー、多分……コレ?』
手に取ったのは季節限定、苺のロールケーキ。
それに対して轟は視線を余所へ逸らし、眼を瞑る。
―――ギャップが恐ろしい
様々な論点から追求するが、結局顔に熱が集中する。その原因がわからないが個性で温度調整をしていた。
「女は甘いもの好きだな。俺は苦手だからよくわかんねぇ」
『そうですね、一般的には好きな人が多いと思います。私も脳を働かせ続けると糖分補給したくなりますし』
「その理屈ならわからなくもねえな」
『とろろくんはどんなスイーツが好みです?』
「今関係ねえだろ……それから轟だ」
『いいじゃないですか。後学のために』
背丈が変わらないふたりは店内で最も目立っていた。外見からして美男美女が仲睦ましく会話をしていると捉えられている。レジに立つアルバイト店員さえその空気にあてられ「ほっ」と息をついていた。
そんなことなど露程知らぬ轟は、悩みながらも白玉の入っているあんみつを手にした。
『あ、やっぱりそれですか』
「その言い草はなんだ」
『いえいえ。轟くんはそれを選ぶのではないかと予想していたので』
「まんまと的中したってことか」
『そうですね。私もそれがいいです』
口元に笑みを浮かべる彼女に対して、穏やかな目元をする彼氏。という図になっているということをそろそろこの二人は理解した方がいいと、誰もが思った瞬間だった。
だが、会話が健全すぎて誰も二人を邪魔できないとも、言えた。
「はあ?お前苺のじゃねえのか?」
『これは同居…ではなく、幼馴染?へのお土産なんですよ』
「(同居?幼馴染?)じゃあ甘味ってそいつのためか」
轟は禄の言葉に、少しもやっとする思いを抱くが自分でも証明できない気持ちは雲散させた。
『そうですね。あまり食べないので私は』
「……なら、コレ買ってやる。そっちはお前が買え」
轟は彼女が好みだと言った新発売のあんみつを片手にレジへと赴く。その背中を呼び止めようと声をかけるが、轟は振り返りもせず。
「約束だろ。お前の分は俺が買う。問題あるか?」
断言されてしまうと反論の余地などなく。そのまま轟の背を見送る。
禄は慣れていないのか、何だか奇妙な気持ちを抱きながら「いい奴だ」と頷いていた。
轟が会計をしているとレジ店員に「ナイスだぜ、お兄さん」と言われ意味が解らず首を傾げた。
「ありがとうございました」
店員の声に倣いふたりはコンビニを出る。外に出てから轟は彼女に袋ごと手渡すと、彼女はそれを受け取り視線を彷徨わせながらも眉を寄せて笑った。
『ありがとう』
困ったようにも見える表情だというのに轟には、その表情こそが彼女の素ではないかと思った。
禄も轟へ袋を差し出す。受け取れと袋を揺らすため、轟はそれを受け取り中身を確認すると、自分が彼女に買ったモノと同じモノが入っていた。
「お前コレ…」
『まあ諸々の御礼って事にしてください』
手を合わせて『蹴りいれちゃったお詫びも兼ねて』と付け加えていた。
冷血なのかお茶目なのか、彼女の奇天烈な行動に、轟は「ふっ」と笑い声をもらした。
そのとき、気がついてしまう。自分にもこんな穏やかな感情がまだ残っていたのかと。徐に顔を上げると視界には、緋色に染まった彼女の髪が淡く揺らめく瞳が穏やかに笑んでいた。
「……っまた、明日」
彼はつい口に出す。それは緑谷が彼女にかけた言葉と同じものだ。何故そんな言葉が出てきたのか、衝動的すぎて己でも理解の範疇を超えていた。
意表をつかれた顔をして、でも彼女は手を振って答えた。
『また明日』
胸の前で小さく揺れる手に、また笑いがこみ上げてくる。懐かしい気持ち。胸の中に温かみが広がってくる感覚に、轟は瞼を閉じて背を向けた。
今日一日で一体何が起こったのか、目まぐるしいほど感情が左右された気がする。揺さぶられるこの感覚は、あまり嫌いではなかったのか。轟は穏やかな気持ちで歩き出す。ふと足を止め振り返る。彼女はもう背を向けて歩き出していた。
―――振り返らねえかな
道行く人の波の中。ぼんやりと立ち止まった轟。だが、彼女も視線に気がついたのか振り返り、轟の姿を見つけると今度は大きく手を振っていた。やはりその姿に氷が溶けていく感覚がした。
◆◆◆
女子高生の格好をした禄が帰宅を告げる。
廊下に響く彼女の声にリビングの扉を開けて融が出迎えた。調度ローファーを脱いでいる最中の禄を目撃するなり。
「禄ちゃん、ちゃんと女子高生に見えるよ」
『どういう意味だよ』
感動しているのか両手を重ねて拝んでいる。そんな融に禄はげんなりとした顔をして買ってきた袋を手渡した。自室に行き制服を脱ぐのだろう。皺になるからと融が毎回帰ってきたら脱ぐようにと耳酸っぱく言い聞かせた結果だ。
リビングに戻り袋の中身をテーブルに並べる融とソファーで寛いでいた子犬の姿をしているフェンリルは鼻を引くつかせて近寄る。
「甘味か?」
「そうだよ。今日から新発売が棚に陳列するってSNSで騒いでたから」
「……乙女だよな、お前」
「あ、お茶の準備するね」
外見王子様が、何処かのお姫様のようにお茶の準備をはじめている様を薄目で眺めていたフェンリル。リビングの扉が開き部屋着を着用した禄が現れるとフェンリルは「おかえり」と声をかけた。欠伸をしながら『おう』と片手をあげている。
ソファーにどかりと座り、足を投げ出す禄の隣りへ移動し、フェンリルは膝の上に飛び乗った。
「どうだったよ、学校」
『まあ、ぼちぼち……疲れた』
「女子高生って柄じゃねえもんな」
フェンリルはいつも口を滑らせる。滑らせては制裁と報復をその身体に受けるのが日課だ。なので、本日もフェンリル頬肉を左右に引っ張りながら会話が続く。
『若いってそれだけで美徳って言葉を理解したわ』
「何言ってるのさ。禄ちゃんだってまだ若いよ」
『そっけ』
頬肉に亀裂が入ればいいのにと思うくらいには、フェンリルの頬を引っ張り続ける。その無表情には冷徹差を感じる。そんな殺人未遂が繰り広げられている横で、お茶の準備が出来たのかカップに本日の紅茶であるダージリンを淹れて袋から甘味を並べた。
その数にまたしても融が感激したのは言うまでもない。
「禄ちゃん……!」
『ああ、それ買って貰っただけだから。んな気色悪い顔するな』
辛辣な言葉を並べてフェンリルの頬を伸ばす遊びを辞めた。遠慮もなく伸ばし続けられた頬肉はゴムのようにたるんでいる。
「母親と反抗期の息子って構図、だな……」
ヒリヒリと痛みに耐えながらフェンリルは会話に参加する。
口は災いの元だと早く理解できる日がくるとよいと思う、と融は心の中で呟いた。
「俺の分もある!」
『ワン公、感謝しながらひれ伏せよ』
「俺にだけ女王様発揮すんなよ……、ってそういや奢って貰ったってなんだ?」
あんみつのカップを手に取り白玉を口に運び咀嚼する禄を余所に、疑問に思ったことを口にするフェンリル。それには融も乗じたのか「気になる」と紅茶を飲みながら、二人の視線は禄へ集中する。
『クラスの男ん子とコンビニ行って、買って貰ったってだけだよ』
「クラスの男の子と!」
「コンビニ行って!」
「「 買って貰った?!!! 」」
ガタっと立ち上がるくらいには衝撃を受けたのか、融もフェンリルもわなわなと震えている。そんな様子を尻目に黙々と甘味を食す禄。
「そんな……学生の放課後イベントフラグをもう回収できたなんてッ!」
「融の乙女ゲームにあった展開じぇねえか!?」
『お前ら人が勤務している間そんなもんやってたのかよ』
「え、え!じゃあ相手はイケメンなの?!」
『イケメンってどういう部類を指すのかわかんねえけど……普通じゃないか?』
あまり人物の顔に興味関心がない禄としては正解な回答だ。だが、融は端末機を取り出し、雄英の名簿を空上に映し出し「この人?」と指し始める。何で知りたいのかわからない禄は面倒そうに紅茶を飲み始める中、フェンリルは「男、か」と呟いていた。
「このままじゃ駄目だ!口調直そう」
『なんだよいきなり…面倒くせえからヤダ』
「イケメンに嫌われたらどうするの!」
『別に構わないだろ』
「駄目ったら駄目だよ!禄ちゃんにも春はあるし、女の子にもなれるんだから」
『……軽く馬鹿にされた気がするんだが』
オトメンの融が「こうしてはいられない!」と立ち上がり部屋を飛び出す。玄関の閉まる音までして、この時間にあいつは何しに出かけたんだと禄は不思議そうな表情をした。
「お前でも女の子みたいな感情が湧くんだな」
『失礼な奴だな。ただ思ったけど……奢られるのって罪悪感半端ないな』
「……なんか、ちょっと安心した」
フェンリルは胸を撫で下ろしながら膝の上にまだ横になるが、欠伸を設け始める禄。
「寝る?」
『いや…そろそろ活動を狭める広報をするから、シングルの最終確認しなきゃなんないんだよ……だから寝る訳には、』
「30分経ったら起こしてやんよ」
『ん…』
疲労が蓄積していたのか、甘味を食べ終えるとソファーにころりと横になり、数分しないうちに眠りについた。
そんな禄の様子を確認してから、フェンリルはソファーから飛び降りてフローリングに着地すると、尻尾を左右に揺らしながら禄の部屋へと消えていった。
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