ハマトラ


息を吹きかければ白い靄が立ち込める。それだけでここの気温が氷点下だとわかるだろう。寒空の下、俺は……スケートリンクに居た。



「ムラサキー、楽しめよ」
「真面目にやれ、ナイス」



仕事の依頼の一環でやってきたスケートリンクには人がちらほらと滑っている。その間を危うい動きでこちらに向かっている彼女を見つければ、ため息を零しながら彼女の傍まで滑り、転けそうになった彼女の腰と腕を掴み支えた。



「っ、こわい」



明らかに怯えている彼女の腰は逃げ腰だ。脇腹に差し込んだ腕に寄りかかりながら彼女は俺の腰に腕を回す。滑る気がない、というか、転けたくないのだろう。



「滑らないのか?」
「痛いのやだ」



頬を膨らませながら眉を少し寄せた彼女の不機嫌な表情に、くすりと喉で笑いながら彼女をリンクから上がらせるために出口へと向かう。その際にも服を握り締められ、おかけで服はしわくちゃだ。

ナイスに「 先に上がる 」と一言言えば「 おう 」と軽く返される。あいつはそういう奴だ。基本的に。
やっと土踏まずが地面に触れる喜びを実感している彼女の嬉しそうな横顔を見つめながら靴を履き替えていると、彼女はいつの間にか売店で買ってきたココアを二つスキップしながら持ってきた。



「はい」
「甘そうだな」
「スケートって言ったらやっぱりココアでしょ」



甘党な彼女の言葉にはどこか信憑性があった。カップを受け取る際、彼女の指先に触れてふと、気がつく。



「冷たいな」
「手袋してたんだけど、やっぱり冷え性だから」



カップを大事そうに先程から持っていた理由に納得する。きっと身体も冷えているのだろう。暖かいココアで喉を潤す彼女の頬に手の甲を当てる。



「ん。あったかい」



すりすりと彼女は擦り寄ってきた。カップを片手で持ち、空いた手で引こうとする俺の手を掴み固定する。



「離せ」
「嫌だ」



嬉しそうに頬に当てるから、俺はどこか気まずい思いをした。周囲に見られているからとかではなく、別の意味で。彼女のいると最悪な場面ばかりしか想像出来ない。もし、誤って発動してしまったら―――。
冷や汗を掻く。



「ムラサキ。どうしたの?」
「お前は…怖くないのか?」



疑問点。いつも抱き続けてきた問に彼女はその大きな瞳で俺の姿を捉えた。どう思っているのか、なにを考えているのか、わからないその瞳が緊張感をもたらせる。長いように感じた沈黙後、彼女は……。



「ムラサキは私を傷つけるの?」
「っ」
「それが、答えだよ!」



笑った彼女の表情からは、恐怖も嘘も感じられなかった。



「なまえに勝てる気がしないな」
「まあまあ」



からかうような彼女の笑い声が心地よかった。

(20140226)

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