黒子のバスケ
冬の夜空は綺麗だった。
寒いと星がとても鈍く輝き、どんなに小さな星でも美しく輝いて見えるから、まるで光の粒子がキラキラと舞い降りてきているのかもしれないと思っていた。
「ふっ…、お前は意外と可愛らしい考え方をするんだな」
私がそんなことを口にした所為で、彼は私を小馬鹿にした。完全に、この言葉の配列は人を馬鹿にしているとしか思えない。
カップに注いだミルクココアが膜をはりつつあり、それを防ぐために、誤魔化すためにカップを傾けて回した。クルクルと。何も言わないのは、そんな安い挑発に乗らないための自己暗示。
意識をスマホに向けて、ラインに注ぐ。指先だけを動かして膝を抱えた。それを気にしない彼は、リビングの椅子に座り、再び持参した本を片手に読書をする。
なんて、寂しい恋人同士―――。
「また、やってしまったんですか」
黒子のその言葉に少しばかりイラついたから、彼の頭を叩いた。
「赤司君もアレでいて悪気はありませんし。寧ろ貴方に釘付けだと思いますけど?」
『嘘も方便?』
「違います。それにしても赤司君も恥ずかしがり屋なんですね。面白いです」
面白可笑しそうに黒子はそう言って笑っていた。
私は赤司と何かある度に黒子に相談をしている。それは中学の頃から変わらない行事のようなものになっている気がする。自分でも無意識に何かあると必ず黒子のもとへ行くのだ。それは多分、彼が迷惑そうにしないからだと、思うことにする。
下駄箱から出したローファーのかかとをコンクリートへ叩く。リズミカルにトントントン。三回鳴らせば、外はもう暗い。
「流石にこの季節になると暗くなるのが早いですね」
後ろで黒子が情緒のあることを言った。季節は冬。これは紛れもない真実。マフラーに顔をますます埋めて私はそれでも空を見上げた。
そこには、もう、星たちが輝いていた。
『やっぱり綺麗だよ』
「そうですね、綺麗だと僕も思います」
歩き出しても尚、私は空ばかり見つめるから黒子が「 危ないですよ 」と声をかけてくる。何度も何度も。
それでもやめられない。何故なら星が綺麗だから―――。
吐く息が白い。もやは空へ昇っていく。ああ、幻想的。頬を寒さが織り成した雫が濡らした。
「ほら」
そう言って、黒子は突然私の腕を引いては壁際へ寄せてくる。私たちの傍を通ったトラックが走り去る場面を目撃しながら、私は抱き寄せるようなポーズをする黒子の顔を見上げた。吐く息が白い。立ち込める靄も白い。全てが白い、冬の季節。
「うつつを抜かしているから危ないんですよ」
『ごめん』
マフラーが肩から落ちる。その赤を黒子が持ち上げてはしっかりと後ろで結んでくれる。そんな彼の厚意を静かに享受していると、黒子は言った。
「貴方も大概、赤司君が大好きなんですね」
『っ、とッ!突然なにをっ……!!』
「でも、きっと赤司君程ではありませんね」
『はっ、はあ?!』
恥ずかしくなって顔を赤く染める私に黒子は喉でクスクス笑いながらマフラーから指先を離して私の後ろを指せば……。
私の思考は全て、赤に染まる。
「随分と楽しそうだな、なまえ」
『あ、』
「そう責めないであげてください、赤司君。みょうじさん赤司君に言われた意味が解らなくて落ち込んでいるのだから」
「ん、やはり、か……。テツヤ、もういい。僕が直接伝えるから、ここまででいい」
「そうですか、少し残念ですが、また来週に」
『あ、黒子……』
別れの挨拶も告げられずに黒子は素早く姿をくらませた。こうなると私でも探せないから困ったものだ。消えた黒子の後ろ姿を追っていると冷えた手が手袋越しから伝わり、繋がる。
視線を後ろへ振り返らせれば、そこには、鼻の頭を赤くする、全てが真っ赤な彼がそこにいた。先週の休みも来て、今週も来たようだ。
「帰るぞ」
彼のたまに見せるその強引さに私はいつも、従っているばかり。何も言えずに、反論できずに、反発できずに、彼の後ろを引いて歩く。
マフラーの先が揺れた。冬の白さを全て赤にしてしまう、ダメな人。
「今夜は随分と静かだな」
『ふん……、彼女を小馬鹿にする人と会話なんてしたくないからね』
「…別に馬鹿にした覚えはない」
『小馬鹿』
「はあ、小馬鹿にした覚えはない。褒めたんだよ」
『…それこそ{はあ?}の領域なんだけど』
「僕にはそんな考えが出来ないから、好きなんだよ。君が」
『!……』
顔中に、お酒でも飲んだかのように熱くなって、吐く息が白くなるって言うのに、とても暑かった。暑くて熱くて、思わず片手で仰いだ。そんな私の態度に赤司は、少しだけ後ろを向いて、笑った。
「僕が君に惹かれた理由が、ソレだよ」
『……、臆面もなく言わないでよ。突然……心臓に悪いでしょ』
可愛い言葉など出てこないこんな私の、夢見る乙女思考回路が好きだなんて……物好きの変人野郎。
心の中で罵声を浴びせても、私は彼と繋いだ手を強く握った。
「今日なら君の言ったように、僕でも星の粒子が降り注ぐっていう思考回路が出来そうだ」
赤司はそう言うと空を仰いで星を見つめた。そんな赤司の赤い髪を見つめながら私も顔を上げて夜空を見上げる。いつもは綺麗で幻想的な世界だけど、今日はそれにプラスしてなんだか寂しくなった。
『一緒に』
「ん?なんだい」
『……一緒…が、いい』
なんの?そんな無粋な事赤司は言わなかった。言わなかった代わりに、いつもより優しい微笑みで答えてくれた。

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