弱虫ペダル


「巻ちゃー……」



いい意味で目立っているその特殊な髪色の持ち主の名を叫びながら近づくと死角になっていた彼の隣には俺のよく知る人物が並んでいた。思わず立ち止まり口を閉ざす。こちらからでは巻ちゃんの表情しか伺えないが…、気色が悪いほど照れていた。


ど、どうしたと言うのだ巻ちゃん!?俺の知らぬ間になまえちゃんと仲良く、だと??!!
ならん。ならんよ、巻ちゃん。それだけはならんよ!!


明らかに巻ちゃんがなまえちゃんに好意的な様子など伺っていればすぐにわかる。それにしても……いつからの知り合いなのだ。


俺に内緒でふたりして、いつ、知り合えたと言うのだ……!!!


記憶という名の海馬をフル回転させたとしてもその疑問だけは解決など出来ずにいた。すると、あちらでは変化があったようで。



『っあ』
「っと。大丈夫か?」



突然の風に目を閉じた瞬間にバランスを崩した彼女を支えるように腰に腕を回す巻ちゃん。二人の距離が近づいたことにより、俺の中での何かが破裂した。



「巻ちゃん!!」
「うぉ、東堂。どうしたっショ」
『東堂くん?』



振り返った彼女の愛らしい瞳に俺は息を呑みながら彼女の腕を掴み引き寄せた。



「悪いが巻ちゃん。彼女だけは返してもらう」
『……へ?』
「おい、東堂?オマエなにか勘違いしてっ」



巻ちゃんの言葉を聞かずに彼女を引っ張って雑踏の中へと消えていく。後ろで彼女の俺を呼ぶ声が聞こえるが、今は、そこまで冷静に彼女の声を聞けるはずもなかった。
暫く歩いた後、やっと立ち止まった俺に息を乱した彼女ははあっと溢す。その僅かな音でさえ俺を魅了してやまない。
繋いだ体温とそのほっそりとした手首にさえ、愛しさと想いは募っていく。心臓が痛く高鳴った。



「なまえちゃん。俺の情けない話を聞いてくれるか?」
『東堂くん……?』
「俺は山神などと親しまれて呼ばれているが、君の前ではいつもただの男だったのだよ。自信などどこにもなく、君が他の異性と一緒に居るところでさえ、冷静差を失い、こうやって君を攫ってしまう。どうしようもない、男になりさがってしまう」
『それは、私にじゃなく。巻島くんじゃないの?』
「それは違うよ、なまえちゃん。俺は君に、君だけに恋をしているのだ」
『それこそ事実無根だよ。勘違いだよ。巻島くんと居る私に嫉妬しただけだよ、東堂くん程の綺麗な人だったら私じゃなくても』
「君だけだ!!」
『っ!?』



振り返り君に表情を明かしてしまう。そこには情けないほどの紅潮した俺の素顔があったことだろう。彼女は涙目な顔で驚いたように俺を見つめる。その綺麗な瞳で俺を映す。



「この俺の情けない顔を見ても、君はまだ…疑うか?」
『……っ』
「泣かないでくれ、俺の心を一瞬にして捉えたのはなまえちゃんの笑顔なんだ。だから笑ってくれ」



彼女の瞳から溢れた涙を掬うように這わせた指先が彼女の頬を撫でる。そうすると君はどんな女神よりも美しい微笑みを俺に与えてくれた。


(バッカプル)
(羨ましい癖に)
(うるさいっショ)

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