弱虫ペダル



鼻歌交じりに本を本棚へと返却していく仕事中。私は、微かな音に反応して音のする方へ振り返れば、そこには……。



「荒北くん……?」



隣のクラスの元ヤンで何かと有名な荒北くんがいた。彼はその何とも言えない目つきを細めてこちらを見つめている。
その何事も語らぬようなその瞳が、少しばかり恐ろしく感じて萎縮してしまうが、それを振り払って平静を装い、彼に声をかけた。咳を一つ設けて。



「どうしたの?」



当たり障りのない言葉を選択しながらわたしは、愛想よく不気味に微笑んでみせた。
そんなわたしの態度に彼は気がついたのか、否か。鼻をフン、と鳴らしながらカツと靴音を響かせた。



「課題をやりに来たんだヨ」
「もしかして現代文の?」



彼が脇に抱えていたプリントとレポート用紙数枚を見て、推測すると彼は視線を外して短く「 ああ 」と答えた。
その声がとても近くに聞こえてわたしはタイルばかり見つめていた視線を上にあげてみる。

そうすればあと30センチという距離に彼は立っていた。でも、こちらを見てはいなかった。

「課題図書ならコレとか、あとあっちの棚にあるやつとか参考になると思うよ」



委員として責務を全うしようとわたしは彼がこちらを見ない事をいいことに、本を紹介した。きっと彼はコレのためにわたしに声をかけようとあそこに居たのだと、勝手に解釈して。
本を勧めて手渡せば、彼は本へ視線を落としながら「 どーも 」と呟いた。そっけない言葉だけれども、彼の恐ろしいという雰囲気はわたしの中で消えかけていた。

彼はそのまま本を持って、誰もいない椅子に腰掛けて、広いテーブルに広げて課題を始めた。そんな彼の背中を見つめながらわたしは、邪魔をしないように仕事に戻りながら彼の紙の上に走らせるペンの音に耳を傾けていた。

夕焼けが温かなオレンジ色を発色させているこの窓から差し込む光に包まれて、ここは更なる幻想へと彩られる。
心地よい室内の温度と色に、わたしはまったりとカウンター席に戻り本を読んでいた。ページを捲る音が一つ、二つ、繋がっていく。紙の香りが仄かに漂い空中で爆ぜる。



「ナぁ。コレ、借りていいか?」



ふと、声をかけられてわたしは彼への返答に一拍遅れてしまう。



「ぜっ、全然構わないよ」



課題が終わらなかったのか、荒北くんは本を借りるためにこちらへやってきた。また距離は30センチ。カウンター越しではそんな距離だけれども…何故だかその距離がとても目立っていた。
本を受け取り中に入っている貸出カードに名前を記入してもらいながら、わたしも別の台紙に彼の名前と本のタイトルを記入していた。
ペンを置く音が聞こえてわたしは本を彼に差し出す。受け取りながら彼はわたしが勧めた他の本をさっと置いた。



「悪いんだけど、コレ」
「ああ、いいよ。置いておいて。わたしが後で片付けておくから」



そう言うと彼は「 悪いナ 」と片手をあげて図書室を大股で出て行く。そんな彼を見送り扉の音が完全に閉じられ、足音が遠ざかっていくと同時に脱力した。



「はあー」



緊張とかももちろんしたけど、それよりわたしが感じた疲れは彼との時間が悪くなかったことだった。
身体的に疲れた。まさか、あそこまで心地よい空間を築けるなんて……夢にも思わなかった。いや、夢になんて思えるはずない。想像もしてなかった、まさに予想外。

彼が置いていった本へ視線を向けてわたしは徐に本をパラパラとめくっていたらふと、白い紙を見つけた。どうやらレポート用紙の紙のようで、わたしはそれを取り、綺麗に折られたその二つ折りを開く。
ゴクリ、と喉がなった。
だけど、中には何も書いてなくて裏面を見ても透かしても何も書いていなくて。一体誰がここに紙を挟んだのだろうと眉を寄せながら探偵ごっこをする。解けない謎をまるで大事件のように推理をしながら、別の本もパラパラとめくってみる。すると勧めた本の全てに同じレポート用紙が挟まっていた。折り方も中身も同じような内容にわたしはまさに、途方にくれた。これは思ったよりも難事件。

五冊の本と、五枚の白紙の紙。誰がどんな目的と意図があって行ったことなのか、わたしはその本と白紙には何等かを結びつけるものがあると睨み本の表紙を撫でながらふと、気がつく。どの紙も本に挟まっていた。だけどページはバラバラだった。

挟まっていた本のページ数と本のタイトルの文字数―――。

様々な糸を繋いで結んでいった先にあった答えにわたしは………。



(わぁ―――!!!)
(あー、ついにやッちまっタ)

(( 明日からどんな顔して会えばいいんだ ))

ALICE+