ハマトラ


口は災いの元。それがまさに今、証明出来ている。
肘をテーブルの上に付き、私は彼の代弁者と共にカップを揺らした。



「あれは仕事の依頼の一貫だが、あいつの行動に関与はしていない」
「……代弁しに来たんじゃないの、レシオ」
「そんなことは一言も言ってない」



椅子の上でコーヒーカップを傾けた白衣のレシオは、涼しい顔をして喉を上下に動かした。
これは、人選ミスなのではと…いつも思うのは私だけなのでしょうか……?
冷めないうちにとマスターに言われて、私もミルクティーを傾けた。この白濁した色のように私の心も真っ白に染め上げて欲しい。汚れるその前に。



「あいつを選んだのはお前だろうが」
「あの時の私はきっとお酒を飲みすぎたんだね」
「ああ、そう言えばあの時は目が据わっていたな…。まあ、そこを狙ったんだろうがなバースデイは」
「ははは、止めてくれよ」
「あいつの小さな幸せさえも俺に奪えと言うのか。お前は残酷だな」
「いや、君の発言が一番失礼だ」



結局のところ、全てはバースデイが悪いと互いに結論付くと、くだらない論争はやめてお互い口直しをしてから別の会話を始めた。



「そう言えばこの前友達がレシオの事、紹介してとか言ってたけど」
「断る」
「そう言うと思って丁重にお断りしておいた。レシオって顔がいいのに何で特定の人作らないの?」
「それは……、お前に教える義理はない」
「さようで」



余所を向き、レシオはまたカップを傾けた。飲むペースが速いなと思いながら私はカップをティーサーにしまい込み。ソファーに背を預けて瞳を閉じた。



「疲れているようだな。また胃が弱っている」
「最近、友達に付き合ってお酒飲み歩いているから。それでだよ」
「…たまに寄ればいい。漢方なら処方してやる」
「うん、ありがとう。レシオは優しいね」
「世辞ても何も出ないぞ」



照れたのか少し頬が色づいたレシオに私は喉で笑う。レシオとはこういう交流を何度もしているし、普通にレシオと会ってお茶会とか食事とか多い気がする。可笑しい、それは友人にも言われた言葉だった。レシオと付き合っているなら皆、それは普通の恋人同士だと口を揃えて言うけれど、彼氏の幼馴染だと説明するとこれまた口を揃えて可笑しいと、講義してくる。

私も可笑しいと思うけど…しょうがないじゃないか。元々、私はレシオとは気が合うのだから………。寧ろ、何でバースデイと付き合ってしまったのか、そっちの方が悩ましいよ。



「あんなチャラ男のどこがいいのかな」
「そりゃ、オレのなまえへの愛がデカいからっしょ?」

「「………」」

「ちょっと…?何で二人してそんな死んだ魚みたいな目で見るのかな?」
「いや、お前が気色が悪いことを言ったものだからな」
「鳥肌が止まらない。レシオここの空調壊れてるよ」
「そうだな。場所を変えるか」
「何で総無視なワケよ」



腰を浮かせた私の本気の様子に、バースデイはいつも以上にどこか緊張な面持ちで焦っていた。らしからず、そのお喋りな口は数を減らし、体は全力で私の行動を制限しようと必死だった。そんなバースデイに折れたのは、私ではなくレシオだった。
私とともに腰を浮かせたのに、彼は再び腰を下ろして私に行けと言うのだ。



「レシオっ」
「なまえ」



バースデイの何処か真剣な瞳に、私は黙って彼に腕を引かれた。伝票を持つレシオは再び黒塗り手袋で真っ白なコーヒーカップに指を引っ掛けて、何事もなかったかのようにティータイムを再開させていた。
そんなレシオに後ろ髪惹かれながら私は、バースデイと共に店を出て宛でもなく歩き出した。繋いで手を離さないで…。



「言い訳なんて男がするもんじゃねぇーよな」



口数の減ったバースデイの第一声はそれだった。



「言い訳するような事でもしたの?」
「いやそこまでは…」
「どこまで?」
「あーそうだなー、ちょちょっと?」
「あ、そう」



どんどん低くなる自分の声に、バースデイは拙いと思ったのかもしれない。ため息が出た。なんでって、どうして私はこの人じゃないと駄目だったのか、自問自答したい。誰か尋問してくれ。何で…レシオでは駄目だったのかしら……?



「なまえ」



ぼんやりと海を眺めていた私に彼はポケットから無造作に取り出した小さな箱を投げて横した。それを受け取り私は少し不貞腐れた顔つきで可愛らしくラッピングされた箱の赤いリボンをほどく。箱の蓋を開ければ中には………。


「指輪ねぇ」
「オレの愛の代弁者」



そう言ってバースデイは私から指輪を取り上げ、それを右手の薬指にはめた。左手ではなく、右手に。それが余計にリアルに感じてしまう。むず痒い……。



「口は死ぬほど語るけど、オレの心は至ってシンプルなのよ」
「…お調子者」



右手にはめた婚約指輪。それはまるで結婚指輪のようにシンプルな作りの輪っかで、彼の情熱的な愛が物語っていた。それを直接直で確認してしまった私は結局バースデイにしてやられる。指先にキスを贈る彼のそのどこか女を匂わせる行動には頭が痛いけど、でも。愛は私に向いている。心は私に向けられている。厄介なブレーカーだコト。



(レシオさんってもしかして――)
(健気よね)
(初恋は実らないって言うもんな)
(ナイス、黙ってろ)

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