ハマトラ


俺と言う存在が女の子を離さない訳よ!!


そう豪語した途端、隣で静かにカシスオレンジを飲む恋人が「ふーん」とあまり対したことがないかのように聞き流す返答を返した。
興味が無いようにも見えないが(いやいや、そうだとは認めたくない)どこか懐かしむように遠くを見つめるその瞳に、ゴクリと喉を鳴らした。
あまり、いい雰囲気とは言えないこの場を盛り上げる術を知らない俺は大人しくジントニックを傾けた。



「おい、ナイス。飲みすぎるなよ運ぶのが面倒だ」
「お前はそう言って運んだことないだろうが、俺のこと放置だろ」
「そうだったか?仏の顔も三度までだ」
「お前に三度も仏がいるかよ。いいもーんだっ、彼女ちゃんに言いつけてやる」
「やめろ」



ハマトラコンビの二人が隣で騒ぐ。ムラサキの良心的な彼女をナイスが羨んでいると言う噂は真実のようだ。羨むつぅーか、あれ完璧に春だろ。ナイスにもついに春が訪れたことを祝うべきなのか、それが難解だと告げてしまうべきなのか、複雑な友人関係に眉を寄せた。
それを他所に俺の彼女ちゃんは、俺の相棒と仲よさげに話しているし。


「おいおい、レシオちゃん?俺の恋人と何イチャついてんの、彼氏様いるよ、ここに」
「ああ、居たのかカレシサマ」
「そろそろ宣戦布告としてとっていいか、コラ」
「止せ。お前に勝てる見込みなど俺にはないだろう?お前の方が優勢じゃないか」



そういってレシオは余裕そうにグラスを傾ける。彼女はレシオを見つめながら俺に向かってニコリと微笑む。



「何この敗北感。なまえちゃんは俺の彼女だよね?」
「事実上、そうだね」
「その言い方やめて!!夢みたいに言わないでっ!!人を玩んで楽しいの?!」
「楽しいかと聴かれたら楽しい」



彼女の可愛らしい笑顔を向けられ、口ごもる。結局のところ、彼女に勝てないで大人しく喉へアルコールを流し込むしか出来なかった。



「アート、遅かったな」
「ナイスもう出来上がっているのかい?」
「そんな訳ないだろ〜お前が遅いからそう見えるだけだって」
「なんだい、その屁理屈は」



遅れてやってきたアートがナイスと他愛のない会話をしながらこちらへやってきて、レシオの隣に座った。



「久しぶりだね、なまえ」
「アートも元気そうで」
「君は相変わらず綺麗だね」
「っ、元から綺麗な人に言われたくない」
「そうなのかい?僕はいつだってあの人以外目もくれていないからわからないよ」
「・・・・・・」



アートの言葉に頬袋を片方膨らませて不貞腐れた彼女はグラスを傾ける。そんな彼女の様子にアートはくすりと笑った。只ならぬ雰囲気にグラスを握る手に力が入った。



「なになに、お二人さん。そんなに親しかったっけ?」



からかうように言えば、二人は視線を合わせて俺に顔を向ける。



「元彼」
「どうも」



指差す彼女の興味の無さげな態度とアートの穏やかな笑み。そして固まる俺とレシオとムラサキ。
ナイスだけは知っていたようで特に驚きもせずにつまみのポテトを食べた。



「えっ、なにそれ。俺聞いてないんだけどっ?」
「言ってないのかい?今の彼氏に」
「言う必要ないじゃない」
「そうかもしれいけどっ」



そうかもしれない、訳ねぇだろが!!
というツッコミを入れつつ、この二人の妙な雰囲気に眉間の皺は深く刻まれていく。いい気分だった酒は不味く感じる一方だった。



「三ヶ月前まで付き合ってたのか、結構な年数だな」
「そこまでの付き合いでよく結婚まで話が進まなかったな」
「つぅーか、同棲してたとか初耳なんだけど、俺?」
「愛されてるなぁーバースデイ」
「えっ、どこが?!」



ナイスは相当酔いが回っているのかケラケラ可笑しそうに笑っている。それでもグラスの中にアルコールを注げ普通に飲む程、ナイスというのは酒が強いのか弱いのかよくわからん。



「結婚の話は出たけど、僕の都合で破棄したんだ」
「お前は仕事が恋人だもんな」
「そりゃ可哀想だ」
「今とあまり変わらないようにも感じるがな」
「な、何で皆俺を見るワケ?!いつ蔑ろにしたよ、オレっ?!」
「別の意味で蔑ろにしてるよな」
「あっちふらふら、こっちふらふら」
「最低だなバースデイ!!」
「陽気に言うところじゃねぇーよ!!ナイス黙れ」
「へぇーまた、なの?」



肩をビクリと震わせて機械仕掛けのようにギコギコとゆっくり彼女へ振り向けば、笑顔を浮かべてオレの鼻に指先を伸ばしてつままれた。思い切り。



「いてて、いたたたッ?!!ちょっ、もげっ!!!?」
「その舌引っこ抜こうかな、そろそろ」
「協力するぞなまえ」
「半分だす?」
「ギャアアア!!!」
「楽しそうだね」
「いつもアレだがな」



ムラサキがそう言うと扉の前に彼女を見つける。彼は立ち上がり彼女の元へ行けば複雑な表情をしながらもどこか嬉しそうだった。
あっちの彼女は優しそうだなー。



「あら、寛大な私にその台詞をいうのかしら?」
「やめて、心読むのヤメテ!!」
「ハハハ」
「笑うなアート!!」



その時のアートの顔は忘れられない。
それぞれがまた自由に飲み始める。ムラサキとその彼女の席にナイスが乱入している複雑な雰囲気なそこや。レシオとなまえが二人で次のランチ場所を決めていたり、オレもそこへ入ろうと思ったのだが、どうにもアートの存在が気になってふたりで並んでグラスを傾ける。



「君が羨ましいよ」
「ナニがよ」
「僕と一緒に居た頃はあんな風な彼女見たことがなかった。多分、我慢していたんだと思う。色々と。わかっては居たんだけど、理解のある彼女に甘えていたんだ」
「だから、別れたのか?」
「そんなところかな」



苦笑しながらアートの切ない視線の先には、彼女がいた。楽しそうに笑っている姿にアートはグラスを傾けて瞳を閉じた。



「オレはアートが羨ましいわ。アイツにとってオマエはずっと特別なんだもんよ、立場ないっての!」
「ははっ・・・じゃあ、もう少し頑張ってみようかな」
「えっ?」
「やっぱり僕には彼女が必要だから、付け入る隙がなかったら諦めようと思ったけど。そんなことどうでもいいや。僕がなまえを好きだから。これからよろしく、バースデイ」
「やっぱ、敵だぁッ!!!」



叫びだすオレの雄たけびにマスターの鉄拳が入る。
周囲の笑い声に混ざって彼女も、オレに向けてくれる笑みを浮かべて「 ばーか 」と口癖のように呟いた。

(なまえは眠るときがかわいいんだよ)
(マジで?!)
(知らなかったんだね、やっぱり)
(あと、食べるとき。必ず食後に紅茶を飲む。頻度的にはダージリンだな)
(そうなの?!)
(知らなかったんだな、やはり)
(オレ不利じゃねぇーか!!!)


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