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「 なまえさん 」



頭の中に響き渡る、君の声に私は心地よさを感じていた。



「――っさん、みょうじさん」



揺すられる身体、それでも肩に触れる手は優しくて、その声は温かくて、私はぼんやりとする波の中をゆるりと浮上した。瞼を持ち上げて視界を艶やかにすれば、私の視界に広がるのは、松岡くんの後輩兼ルームメイトの似鳥愛一郎くんだった。



「似鳥くん……」



嬉しかった。とても、嬉しくて、寝ぼけた思考回路で似鳥くんに手を伸ばして距離を縮めようとすれば、似鳥くんの小さな拒絶が肩を捉えた。



「駄目ですよ」



その柔らかな拒絶の意に私の思考は一気にクリアになり、心地の良い気分から一気に凍えた。ピタリと止まった彼へ伸ばしたその腕は、首に回す事も、彼に触れる事もなく腕を下ろし、息をゆっくりと吐きだした。



「松岡先輩が呼んでました」



邪気のない笑顔、親しみの籠った眼差し、声色。その全てが心を凍てつかせる。少しだけ跳ねた前髪を直しながら私は瞳を閉じて笑った。



「ありがとう。それから……ごめんね」



立ち上がり、スカートについた草を払ってから、私は松岡くんの待つ設営されたプールへと向かった。私の声はもう届かない。想いは全て海にでも捨てられればいいのに…。馬鹿な私は未練がましく溺れていく。松岡くんにも失礼だよね、こんな気持ちじゃ。わかっているのに、わかれない自分がいて、程々呆れた。

似鳥くんにとって、松岡くんは尊敬すべき先輩であり、水泳の象徴。それを超えられない事など、初めからわかっていたのに―――。

それでも、無謀だとしても、私は、この想いの終わり方を忘れてしまった。


夢の中で、似鳥くんは私を下の名前呼んでくれた。それは本当に、愛しい人を見るかのように、愛されているその手に私は甘えるように笑った。額にされたあの口づけを現実でも夢見て嘲笑った。



「 なまえさん、好きです 」



そんな夢を見ていたんだ。



「なまえ。また、泣いてんのか?」



松岡くんのその大きくて逞しい腕に抱かれる身体が水を含んだように重い。視界を揺らすのは水だったことをその時初めて知り、私は瞳を閉じて、その溢れんばかりの雨を流した。


とても酷くて、残酷なあなたの腕の中。


私は押し殺した喉で何度も叫んだ。



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