AMNESIA
頼ってよイッキさん の続き
俺の隣にいるのは、俺よりも年上でアイツと同い年のなまえ。だけど、背も顔も低いし幼いために俺より年下に見間違えてしまう程の容姿と為りをしていた。最初、このバイト先の面接の時、ホールと言い渡された時、全力で断ったそうだ。人前でこれ以上、自分の醜態を曝したくないと抗議してワカさんを説得させて、裏方である厨房へとやって来た。まあ、何数は彼女の方が上だが……。横目で隣を見つめれば、真剣な眼差しで更にクレープ生地を飾り、生クリームや果物を色鮮やかに、手際良く飾り付けていた。
そんな真剣な姿に、心臓がドクリと鳴り響く。この人のこういう所が好きだ。何事も一生懸命ででも私情と仕事を公私混同させないその姿勢が、誰よりも魅力的に写し出された。今まで、アイツしか知らなかった年上の女性に対して、こんな感情を抱くなんて思ってもみなかった。出来あがったデザートをホールの待つカウンターまで運ぶその後姿は、本当に高校生みたいだった。
「8番テーブル出来あがりです」
「はい、ありがとう」
それを受け取ったのは、イッキさんだった。視界にイッキさんと彼女が入れば、俺は朝の出来事を思い出す。そう言えばあの二人……仲良さげにしてたな。食材を運ぶように頼んだ後、仕込みの準備をしていたら、イッキさんとやってきた彼女。器具の準備を終えてから手伝ってやろうと初めからそういう魂胆で向かわせたのに、それが逆手に取られた気がした。しかも、イッキさんの後ろに隠れてこちらの様子を窺う彼女のあの小動物を思わせる行動は可愛かったが、だが、怯えられる対象にされるのは御免だ。
誰にもあまり頼らない彼女が、イッキさんに頼ったのかと考えれば考える程、胸の中に霧が立ち込める。それで、眉間に皺が寄り、いつもの様に機嫌の悪い表情を作ってしまった。彼女は俺を姑と呼ぶ。それって異性と見られてないって思われている事を遠まわしに言われてるみたいで正直、嫌だ。フライパンを振りながら溜息を溢した。
いつだって、俺の行動は空回る。彼女に届く事のない想いは思考の渦に巻き込まれて結局遭難する。
視界の端の方に、白い器が二つ用意される。横目で確認すれば、そこには皿を用意している彼女が視界を彩る。
周囲をよく見ている彼女は、欲しい時欲しい物をくれる。それを無言で受け取り、皿へ盛りつければ彼女は嬉しそうに笑う。こういう所は子供っぽい。役立つことが嬉しいみたいで、何だか可愛い。
「……イッキさんと、いつの間に仲良くなったワケ?」
二人前ずつのパスタをカウンターに預けて二人で流し台に溜まった洗い物をしていたとき、思わず口をついた言葉だった。
「え」
歯切れの悪い答えが返ってくる。突然過ぎてわからない、って感じだな。
「前まで嫌ってなかったっけ?」
「嫌いって言うか…、苦手?意識はあったっと思う」
洗い終えた皿や器具を拭く彼女は、特別誤魔化している訳でもなく。淡々と語っていた。
「ふーん。で、頼れる仲くらいにはなったんだ?」
何枚もある陶器の皿が音をたてて重なる。力が強すぎて一際大きな音が鳴った。それくらい、イラついていた。
「シン?」
小首を傾げてこちらを見上げる瞳が愛らしかった。その瞳に映るのは俺だけがいい。俺だけを映して、俺だけを頼って欲しい。年下だけど、力になりたいと思うし、それくらいの度量だってある。支えるくらい訳ない。
見上げる彼女に対して、真正面に向き合った。水道の水が只管流れ続ける中。
「俺が恐い?」
ずっと気持ちのどこかであった問答。泡のついた手などお構いなしに彼女の肩を掴みこちらへ引き寄せた。あっさりとバランスを崩したなまえは俺の方へ倒れて来て、その軽い体重を易々と受け止めた。腕の中にすっぽりと収まってしまうその小さな存在に俺はキツく抱きしめた。
「ちょっ……シン……!」
戸惑っている。少し裏返った声が可愛いと只管に思いながら、熱い吐息を吐きだした。
「俺はお前が恐がることはしない」
「怖がるって…」
「だから、もう、俺を避けるようなこと、すんな。隠れるな」
「……」
小さな、小さな存在はいつの間にかとても大きな存在に変わって。心の真ん中に住みつく。いつか、いつか……お前の心の中心に、俺が住めるようになれたらいい。なりたい。
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