AMNESIA
厨房充てに届いた食材を運ぼうと腕まくりをした私の背後から出勤したばかりのイッキさんが居た。
「おはよう、なまえ」
「おはようございます、イッキさん」
頭をペコリと下げて再び目の前の材料へと視線を投げて持ちあげようと籠の持ち手に手を添えて力を込めようとした時点で、特徴的な青の手袋が視界を覆った。
「僕が持つよ。いつもの所でいいんでしょ?」
私の手にさり気無く重ねてきた彼の行動に、私は視線が鋭くなる。そう言えばこの前やったゲームにもこんな風にやってくるキャラが居たな…、とそんな事を思いながらお断りした。
「結構です。私の仕事なので」
キツい言い方は百も承知。別にイッキさんが嫌いだからこういう口調な訳じゃなくて、私の元々の口調が毒舌だから、仕方ない。だけど、それにも慣れたのか、イッキさんは気を悪くするのではなく。何故だが、子供扱いのように頭を撫でられた。
「全く。こういう時は迷わず男を頼っていいんだから」
「……」
ぷくりと頬を膨らませて視線を逸らした。身長が小さい事を気にしている私に対しての嫌がらせだ。絶対。コンプレックスを行使出来る程、私は割りきった考えなど出来ない。そんな私にお構いなしにイッキさんは私が持とうとした籠を持ち上げた。
「よいしょっと。あれ、結構重いね?」
よろり、とよろめいたイッキさんに私は反射的に手を差し出した。そんな行動を取った私を横目に捉えたイッキさんはくすりと笑った。
「大丈夫だよ。それに…僕だって頼られたいって気持ちくらい持ち合わせてるんだから」
「?」
小首を傾げてイッキさんを見つめる。何を言っているのか理解できないと顔に書いてしまったのだろう。イッキさんは上品に笑いながら籠を持って厨房へ行ってしまう。そんな背の高いイッキさんを見上げながら私は溜息を溢した。シンに怒られる。
「なまえ持ってきて……」
「やあ、シン。御所望の品はここでいいのかな?」
「……」
イッキさんの背中からチラリと顔を覗かせてシンを見上げる。そこには、確実に青筋をたてたシンが仁王立ちしていた。これだから、姑は嫌だ。
「イッキさん。わざわざすみません」
「いや、別にシンが謝ることないでしょ?大体僕が勝手に持ちたかったら持っただけだし、ね?」
こちらに同意を求めてきたイッキさんの瞳に、私はこっちに振るなよと悪態着く。だけど、シンは確実に不機嫌だった。ああ、きっと腹の虫が今日は悪いんだと思い、ますますイッキさんの後ろに隠れた。
「なまえ、仕込みするから早くこっち来い」
「はい」
年下に強く出れない小心者の私は素直に頷いて渋々イッキさんの後ろから出て、シンの待つ流し台へと向かう。死刑執行台の階段を駆け上る途中で、イッキさんが柔らかな微笑みを浮かべて。
「今日もよろしくね、なまえ」
そんな爽やかな事を言われたら、言い返すしかないじゃないか。
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて、シンの元へ向かった。
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