AMNESIA

どうして、彼女は振り向いてくれないんだろう?
何度も躓くその分岐点に、頭を悩ませながらも選択肢は消えなかった。



「それでね―」



幼馴染のあいつが彼女の隣で何やら話している。聞いて欲しい会話をただただ喋り続ける幼馴染に、付き合う人の良い彼女の姿を捉えては溜息を溢した。



「はあ」



ひっそりとしたその溜息はこの場に居た誰にも聴こえる事はなかった。何とも複雑だ。
冥土の羊のバイトメンバーとウキョウさんを入れて、花火をしに来た俺たちは、今、各々で緩やかな時間を過ごしていた。ミネやサワはシンとかイッキさんとかと楽しく会話をしていたから、俺もと彼女の元へ行こうとしたら、あいつに取られていた。別にそのまま輪の中に入れて貰えばいいのだけれど…何だろうね。この入っていけない空気は。



「だったら―」



あいつに相槌を打ちながら答える彼女の姿に目を奪われながらも、俺は花火を着火させる。彼女に好意があることは多分シンしか知らないと思う。そしてあいつは俺に気がある。だけど、こんな事は指して問題ではない。最も問題なのは、彼女がウキョウさんに気が有り、ウキョウさんがあいつに気があることが大問題だった。
だって、あの二人。お互い好きな相手の幸せを願うタイプみたいで、二人は全く積極的に動こうとしない。寧ろ、相手の応援ばかりしている。何、あの二人。物欲とかないわけ?そんな事言うけど、俺だってそんなに欲張りじゃないから、彼女がウキョウさんとくっつけるように協力しようと……いや。出来てないね。というか、してないね。話は聞くけど。でも話って言っても、彼女は自分の恋心を絶対に話さない。露見させない。いつも誰か、という単語を使用して話を聞く程度、ほとんど彼女があいつを俺に勧めてくる会話しかしてない気がする。

なにこれ。何プレイ?何に楽しみが有るの?俺はマゾヒストな訳?

ぐるぐる自分への罵倒文が続く。そんな中、ウキョウさんが彼女達に近寄りあいつとウキョウさんが二人きりになった所で、彼女は一人になる。そんなに近い位置から好きな相手が別の女性と甘い空気を漂わせているのに、彼女は終始笑顔だった。そんな彼女の健気な姿に、俺は、また、恋に落ちる。
切なそうなその微笑みに、胸が惹かれる。ああ、好きだ。そう思う。二人に気づかれないように側を離れた彼女の元へ行けば、一人でジュースを飲んで居た。



「なまえ」



声をかけると缶を唇から離して俺を捉えた。



「トーマ。なに?」
「花火、楽しんでる?」
「ああ、うん――楽しんでる」



下手な嘘。下手な笑い。ウキョウさんがいなければ彼女はただの素直な女の子。強がる娘はどこ吹く風だった。



「その割には、手持ち花火持ってないみたいだけど?」
「ああ、うん」



どこか居心地が悪そうに視線を彷徨わせる彼女の挙動不審な態度に、俺はどこが悪いのかわからなかった。



「お人好し」
「え?」
「いや。何でもないよ。折角花火しに来たんだから花火、やろう?」



呟いた一言など聞こえなくていい。聴こえて欲しいけど、本当に聴こえて欲しい独り言は別の言葉だから別に聞こえなくていい。笑みを貼りつけて、彼女に手持ち花火を渡した。それを受け取り、曖昧に頷きながらじっと火を灯されるのを待っていた。

火が灯り、七色に光り出す花火の煌めく色彩が彼女の心を暗く照らした。浮かない顔。泣きそうな顔。本当はウキョウさんに傍に居て欲しいのに、自分の望みを呑みこんでじっと我慢するこの素直じゃない素直な彼女を、ますます好きになってしまう。それから、あいつの事を思って、俺の側を離れたいのに、親切にしてくれるから俺を無下にも出来ない。がんじがらめにされて身動きとれないのに、それでも自分の心を踏みつけて痛めつける彼女の趣向に、心は傾くばかり。



「なまえ」
「?」



静かに呼んだ彼女の名前。口にするとそれは魔法のようで、自然と顔を上げた彼女の澄んだ瞳を見つめながら、少しだけ隙間の空いた唇に重ねたソレ。



「……」



瞳を見開き、固まっている彼女の反応に気を良くする。拒まれないだけマシ。
触れるだけの口づけを施して、離れると、彼女は呆然としていた。微動だにしない彼女の驚きっぷりに、ほくそ笑む。ああ、何だか可愛い。この表情をさせているのは自分だけだと思うと尚の事気分が良い。穏やかな顔つきで微笑む俺を彼女はただただ見つめるだけだった。

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