マギ

朝を知らせる小鳥のさえずりに目を覚ます。今日も一日の始まりを迎えながら、大きな欠伸をひとつ。



「いいから早く仕事してください」
「うぅ…」



ジャーファルさんの監視の元、我シンドリア国王シンドバットさんは机に半ば縛られながら職務を全うしていた(今日は)。そんな姿を呆れながら見つめる。ちなみに、私は我儘を言う国王のために資料の文を簡単に訳したり、終わった書類をまとめたりと半ば忙しい状況に見舞われていた。せっせと働いている私にジャーファルさんは、瞳に涙を浮かべている。



「ああ、なまえはいい子に育ちましたね…王に似なくてよかった」
「おい、ジャーファル。本音がただ漏れだぞ」
「御心配なく。理解の上です」
「お前が冷たすぎて仕事が進まん」
「屁理屈言う暇あるなら手を動かせ」



いつもの調子であしらうジャーファルさんに尊敬しつつ、私は訳し終えた資料をシンさんに手渡す。



「終わりました」
「ありがとうな、なまえ。それにしても、本当に美人に育ったな」
「いや、育てられた覚えがないです…っ!」



思わず驚いてしまった。それは、シンさんが急に私の腕を掴んで引き寄せたからだ。机を挟んで居ると言うのにそれすら遮るには低い障害物のように、彼の懐へ引き寄せられいつの間にか膝の上に乗せられてしまう。



「ちょっと、シンさん!ふざけないでください…!」
「照れてる顔も可愛いなお前は…ほら、もっとその顔を俺に見せてくれ」



目のやり場にこまって俯く私の顎を捕えて上へ向かされる。そこには、視界に広がるシンさんの顔があって。私の頬は驚きで赤く染まってしまう。だけど、真横からドスの効いた雰囲気を醸し出すジャーファルさんの「 シン 」と呼ぶ声にびくりと肩を揺らした。



「あなたの穢れた手でなまえに触れないでください、汚れます」
「お前暗殺時代に目が戻ってるぞ」



私は恐くて視る事を放棄した。とりあえず離してもらおうともがくが、全く隙を見せないシンさんのその強硬な腕の中に、力つきそうになったその時。突然扉が開閉され、眼にもとまらぬ速さで室内を駆け抜け、大きな衝撃音を残して小さな砂ほこりを立てると目を閉じてしまった私の身体を抱きしめてくる彼の香りに私は誰だか理解した。



「マスルールさん」



今日は朝から見かけなかったマスルールさんの安心を与えてくれる強靭な腕に抱かれていると気がつくと、私はその身を預けるように彼にぴたりと寄りそう。だけど、彼は何故だか一言も喋らない。



「あの、マスルールさん?」
「……」



声をかけるたびに、返事をするかのように徐々に抱きしめる力を強めてくるから私は戸惑いながらも大きな彼の背中に腕を回してポンポンとリズムよく叩いた。そして、この言葉を送ろう。



「おはよう」
「!……ああ、おはようなまえ」



安心したのか彼はやっと言葉を発して私から身体を離すと、お互い顔を見合わせて微笑みあった。
今日、私が見た夢と同じような、彼の健やかな笑顔と共に……。


※ちなみに、シンドバットさんはマスルールさんの突撃に飛ばされて壁と熱烈な接吻をしていた。顔めりこんでますけど。


2013.01.26

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