黒子のバスケ
この学校には、天帝がいた。
神々が跪き、頭を垂れるその象徴。赤い髪をして総てを見透かしたその瞳で今日もバスケ部で語り継がれる。
天帝に逆らう、たった一人の気高き孤高の女の子。
「出ないか?」
「出ない」
一言でつっぱのける女性など、この世のどこを探してもきっと彼女だけだと僕は思う。それを許される人間は、という意味も含めて。
どこか、必死差を垣間見える赤司君の姿が、本当に珍しかった。たった一人の噂の女性に振り回されて、思い通りに出来なくて、焦って、テンパっている天帝など、見た事が無かった。触れようと伸ばした手は、彼女の腕の近くで立ち止まり、戸惑い結局は触れない。
「そうか」
「……」
眉を寄せ、心底嫌そうな顔をする彼女は赤司君のその無表情で語る何かを知っては、言葉を呑みこんでは苦しそうな顔をする。だから、僕は、彼女を高飛車な女だとは思わない。我儘で傲慢な人とは思わない。彼女はとても、繊細で陶器のような人だと、僕はその時感じた。それは、今も変わらずに、概念として残っている。

練習を抜け出して、人気の少ない水飲み場へ来たら、彼女が干していた洗濯物を取りこんでいた。高く結い上げられた髪型で、うなじが透ける。真剣なその眼差しに僕の時は留まった。息を吸う事でさえ、それは、神聖な場所のように感じてしまったのだ。
人の気配で気がついたのか、彼女はこちらへ視線を流す様に動かすと僕を視界に捉えると少しだけ動揺していた。
「何でいる、んだ?今は、練習中じゃ…」
「涼みに来たんです。それより、あの、帰ったんじゃなかったんですか?」
「……桃井に頼まれたから」
呟くように居心地が悪そうに喋る彼女に、僕は思わず笑ってしまいそうになった。いつも遠巻きに見られている彼女の姿だとは到底思えない程、可愛らしかった。きっと、理由など僕には到底わからないことだけど、でも、彼女がマネージャーとしてここに居てくれたことに、僕は感謝した。
「ありがとうございます」
「……」
僕の感謝の言葉に、彼女は顔をあげて僕を見つめると、気恥ずかしそうに視線をそらして雰囲気が柔らかくなった。
そっと差し出された乾きたてのタオル。彼女に視線を合わせると、微笑んでいた。その柔和な笑みに僕は、息事呑まれる。
「汗、拭きなよ」
「あっ……、ありがとうございます」
「別に」
「僕は、黒子テツヤと言います。あなたは?」
訳も分からず名前を名乗っていた。自己紹介なら転校初日に赤司君から聞いていたから彼女の名前などわかっているのに、僕は、気がついたら名前を言っていたんだ。
呆気にとられていた彼女は、次に、答えた。
「知ってるよ。15番くん」
「え……」
「ほら、戻るよ」
籠を持って片手を僕へ伸ばす彼女の姿は、黄昏に染まる。それを眩しく感じながらも、僕は、まだ遅くはないその手に手を伸ばして立ち上がった。
「はい……」

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