蝶の毒 華の鎖
可笑しなお嬢様endのその後っぽい提造ネタ
「……」
ぼんやりと、雨が打ちつけて来る窓を眺めた。米神をあてて、嵐のような雨が穏やかに吹き荒れていた。まるで、誰かが泣いているようだった。テーブルの上に湯気が立ち込める白いティーカップを手放しに操りながら、書類をばら撒いた。沢山の資料、多くの秘密、そして……待っていた真実。あまりにも、痛感するようなその現実から眉を顰めて膝を抱えた。椅子の上に小さくなって、わたしはこの先の事を考えた。
一つしかない道を必死に模索するフリをしながら……。
突然、ドアが騒々しい音をたてて開け放たれて少しだけ驚いた。その風のように颯爽と入って来た人物に、顔を背ける。
すると、その相手は嫌らしい微笑みを浮かべてソファーにもたれかかるように座った。
「随分と、愛想が悪いですね。なまえ」
「気安く名前で呼ぶな、クズ野郎」
笑顔で返してやると、喉で笑ったこの男。今日の出で立ちは、如何にもなチャイナ服だった。まあ、それもそうなのだろうと、勝手に解釈した。ここは、奴の城だ。阿片王が築き上げた屋敷の中。そのとある一室にすぎない。今日も仕事をしてきた帰りなのだろう。鼻につくような匂いに眉間の皺はますます刻まれる。再び顔を逸らし窓の景色を見ることに勤しむ。
「おや…あなたと言う人は」
そう言って散らばっている資料を拾い上げ眼を通す。
「流石。ただの手品師の助手だった、わけではないようですね」
そう言って、立ち上がり。床に散らばった白い紙を大切そうに拾いあげてまとめる。それをテーブルの上に置き。こちらに近づいてきた。その足音で背中に這いあがって来たのは、悪寒と嫌悪だった。素早く相手との距離を取るために椅子から飛び降りる。後退しようとした、手首を掴まれ距離は更に縮まってしまった。
「っ、離せ、触るな……ッ」
「いつまで俺に虚勢を張るつもりなんだ」
「永遠にだ。お前がわたしから二度も大切な人を奪った、その見返りだ」
キッ、と睨むように奴を見上げると、一瞬だけ瞳が揺れたような気がした。そんな寂しそうな眼をされると、わたしはどうすればいいのかわからなくなる。子供のようなその表情に、あまり、強く突き放す事が出来ない。だが、それをわかってて、きっとそんな顔をするのだろう。
「…姫様は、今も生きてますよ。ちょっとだけ、壊れてしまいましたが…」
「それは、死んでいるも同然だ……真島。お前は復讐を遂げても、晴れた顔はしないのだな」
「そうですか?…まあ、そうでしょうね。傷つける前に、綺麗なまま壊れてしまいましたからね」
「もしも、穢したとしても、きっとお前の中でのお嬢様はずっと綺麗なままだ。そんなくだらないことをしなくても、苦しむのはお前だ。泣くのも、お前の所為だ」
握りしめられる手首には、もう、手跡がしっかりと刻まれていた。痛みは、生きている証拠だ。わたしは、まだ生きているのだな……そう痛感させられて、また沈む。その時、空気が動いた。手首を引っ張られて身体が傾くと腰に腕を回されて、手がしっかりと掴んだ。そして引き寄せられる、その胸板に頬を押しつけられ抱きすくめられる。
硬直して、息を初めて吸うと……甘い香りがした。わたしの好きなお嬢様の、香り……。
「百合子……。また、一緒にアイスクリーム食べようって、約束したのに……」
小さなわたしの声に、真島の腕が震える。鼻を啜る音が聴こえて更に追い打ちをかける。
「わたしの、大切な人…大切だった友人。もう一度、人と関わろうと思えた、優しい人……兄さんに、そっくりな人―――」
どうして、消えてしまうの?どうして零れてしまうの?この手は、水を掴む事も砂を拾う事も出来ずに、無様にもがくだけ……。二度も失ってしまった、喪失感。この、腕の中に閉じ込めている張本人の所為で……。憎らしい、殺したい程、恨めしい。
百合子の分まで、兄さんの分まで……わたしは一生、この男を苦しめ続ける存在となってやろうと思えるほど、復讐鬼は膨れ上がっている。だけど、この男は、本当は、哀しい男だ。愛し方を間違えてしまっている。愛する人を傷つけるだけ、自分を傷ついていると言うのに、やめることが出来ない。ストッパーの外れてしまった復讐鬼は、まるで、可哀想な男となり果ててしまった。
「わたしは決して、お前を愛さないし。同情もしない。一生そうやって慟哭の雨に打たれて朽ち果てろ」
「…それで、いい。俺の傍にあなたを置けるのなら…それで、構わない」
独りだと耐えきれない孤独感。それを同じ狢にいるわたしを引きこみ、この男は緩和しようとしている。それまで、寂しい等の感情を置き去っていた癖に……。そんな人間らしい感情に振りまわされているこの男の、冷え切った涙に濡らされながら、わたしは真島の服を掴んだ。
2012.11.20
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