黒子のバスケ
「……あ、ごめん。何か騒々しい人が気になって」
電話越しで、君が「 なにそれ 」と少し不機嫌な声を出すことに、クスリ、と笑ってしまう。またまた不機嫌そうに「 子供扱いした 」と今度は拗ねる始末。更に笑いそうになってしまうのを我慢するのが精一杯だった。
「ごめん、って。ほら、待ってるから早く来て」
「 うん。わかった。今は許したげるよ 」
「はいはい」
切ってから、声を出して笑ってしまう。同い年の男だというのに、子供っぽさが抜けない性格はギャップって言うんだろうな。ベンチに腰掛けながら、背もたれに寄り掛かると、先程の騒がしい人が、隣のベンチに腰をかけて失業したサラリーマンみたいな深い溜息と絶望感を醸し出していた。どっからどう見ても、同い年の高校生にしか見えないのが、アレだよね。と思いながら、横目で見ていると突然顔を上げ、こちらへ見るから視線ががっちりと合ってしまった。
思わず、ビクっとなると、その人はこちらへやってきていきなり両手を掴まれて包まれてしまう。
「あのっ、」
「は、はい?」
「やっぱ……電話した方がいいんかな?」
「はい?」
額分けをしている髪型の高尾和成と名乗る男の子に、突然、相談を持ち込まれた。
取りあえず隣のベンチに座らせて、事情を聴く事になる。だが、その内容は、なんというか。実に、アレだ、うん。
「くだんないね」
「めちゃ笑顔で言わんでもよくない?!」
この人サドだ!とか変な言いがかりをするので、旋毛に拳を落とす事にした。「 いたいっす 」と若干涙目の彼を無視して、腕を組む。
「君はさ、その子と仲直りしたいんだよね?」
「そうなんだよ!だけど、さ……」
「怒られた理由がわからんと」
「うん。だってさ、ちょっと真ちゃんと買い物とか行くとスゲー言ってくんの。仕方なくない?相棒だし、テーピングとか消耗品じゃん?買いに行かんとヤバいのよ、これが」
近所のおばさんみたいに、手をこまねくように振るから、それを呆れながら見つめる。
「あのさ…その子はさ、寂しいんじゃないの?君と一緒に一分、一秒でも過ごしたいんじゃないのかな?」
あー、その子に同情するわ。鈍いっていうか、あれだよね。ルール知らない奴と一緒に観戦に行ってもつまんないよね?みたいな事だろ?それってあんまりじゃない?好きじゃないならそれでいいのか?それじゃ、友達じゃん。
ちらり、と高尾くんを盗み見ると彼は呆然としながらわたしが言わんとすることを察した。そういうことが出来るなら初めからやろうぜ。とか、内心思っていると急に立ち上がって、何かを決意していた。
「やっぱ、俺謝るわ」
「……うん、それがいい」
ポケットから携帯を取り出して電話帳を開くけど、彼の手はそこで止まる。はて、何かに気がついたのでしょうか?掌に顎を置き、にやにやと眺めていると彼は携帯をポケットに再び仕舞って、こちらへ振り返った。
「彼女の家行ってくるわ!」
「うん、いってらっしゃい」
どうやら、乙女心というものがわかったようだな。成長する青年を見つめながら餞別として手を振ってやると嬉しそうに陽気に手を振って、何故か自転車の後ろにリアカー引っかけて、ダッシュで漕ぎだして行ってしまう。
「あれ、人乗せれるのかな?」
「イけるんじゃない?」
顎に手を置き、立ち上がって見送っているわたしの頭部に顎を乗せて待ち人の彼がのんびり、興味のない声色で会話を続けた。
「おや、久しぶりだね。道迷った?」
「ううん。ちょっと誘惑に引っかかってた」
そう言って彼のカーディガンの中にすっぽりと収まってしまうわたしの眼線に合わせて掲げた袋を左右に揺らす。その乳白色のポリ袋の中には新商品の東京限定のお菓子がいくつも入っていた。あはは、って笑うとわたしを後ろから抱きしめて来る。
「ちょっと見ない間に、随分と綺麗になっちゃって、まあ」
「言い方、おばさん臭い。そういう、紫くんはこりゃまた、美人になっちゃって」
そう言って顔を上に向けてその長い髪を梳くって指に絡める。玩ぶわたしに彼は、額にちゅっと唾液をふんだんにつけて口づけを送って来る。
「うお!なんかヌメってする」
「なまえちん。俺は、なまえちんのことが心配なんだよ」
「それは、健康、的な?」
「思春期、てきな」
「うむ。わたしは、紫くんの性春のが不安だよ」
そう言って、前で交差する腕にそっと触れる。風が後ろから吹くから髪、服が舞い上がるように連れて行かれそうになる。自然と見上げる夕空は、切なくなると同時に、人を素直にさせる効果があるようだ。
「俺、やっぱなまえちんがいないと、ちょっとつまんない。学校も、バスケも…」
「元から、つまんないんじゃないの?」
「そうだけど、違うっていうか…うん、あれだよ。あれ」
一人で納得する彼に、なによ。ってツッコむとわたしの肩に顔を埋めてぎゅっと強く抱きしめて来た。
「心に隙間風が入って寒い、てきなかんじ」
「小規模じゃん」
「小規模大事。俺にとっては、大事なことだよ、なまえちん」
「そう」
「そう。……ねえ、なまえちん。卒業したら一緒、の大学行こう」
「……プロポーズされるかと思ったらそれですか」
「やっぱ大学は行けってうるさいから」
「そうだね〜」
まったく、と息を吐き出して眉を寄せて笑うと彼は、わたしの頬にちゅっと可愛らしい音をたてて、幸せそうに笑った。

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