黒子のバスケ
冷たい手を持つ花宮 続編
「はあ」
指先に息を吹きかけると、白い息がたち込めていく。ぼんやりとその空気中を眺めながら、数回後のコール音で出た、元気そうな彼女の声に耳を澄ませた。
「 久しぶりだね、花宮くん 」
「ああ。なんだ、お前。元気そうだな」
皮肉交じりにそう言うと、彼女は「 そうだね 」と言い返してきた。相変わらずの才女っぷりに頭が下がる。向こうで彼女の息遣いに耳を傍立てると、同じ日本の地に居るのに、国境を感じた。
遠いな……。
「 もうすぐウィンターカップだよね? 」
「…そうだな。何、お前。俺のために覚えた訳?」
「 そうだよ 」
からかい交じりに言っただけだったのに、彼女は思いのほかあっさり認めた。その声色の優しさがにじみ出ていて、こちらが恥ずかしくなる。髪をがりがりと掻きながら視線をあちらへこちらへ動かして居れば、後ろで聞き耳立てていた馬鹿共に冷徹な視線を送り、扉を閉めた。
「 わたし、バスケ部に入ったの 」
「え?なんだって?」
扉の閉まる音。それを確認することに注意がそれて大事な言葉を聞き逃してしまう。聞き直せば、彼女は再び繰り返した。
「 バスケ部。入ったの。マネージャーとして 」
「……俺の相談なしにか?」
「 まあ、そうなるね 」
「手軽に言ってくれるな。……陽泉、だったよな?確か」
「 うん。カトリックね 」
「胡散臭い宗教に洗脳でもされたのかよ」
冗談を言えば、彼女は楽しそうにくすくすと笑った。しかし、バスケ部に入るとはどういう風の吹きまわしだ?気分転換、心機一転、ってところなのか?
複雑な気分だが、彼女の意思で入ったことがわかるその笑い声に、やはり喜びが勝った。あの、弱弱しい程不安定な地盤にいたあいつが、自分の意見を尊重して、俺に何も言わずに、勝手にバスケ部に入るとは……成長したもんだな。
あの日から季節は二つ超えた。
結局あいつは、母親の実家へ着いて行くことにした。あいつは、それを俺に報告するとき、涙一つ見せなかった。離れることを恐れてはいなかった。「 不安にならないのか 」そう古橋に聞かれた事がある。不安、ねぇ……。と言葉を泳がせながら、俺は―――。
柄にもなく「 大丈夫だ 」と答えた。確証もなにもないというのに、俺はあいつの「 いってきます 」という言葉を信じることにした。
「 花宮くん? 」
携帯越しに呼び掛けられるので、俺はどうやら感傷に浸っていたようだ。鼻から抜けるような笑いを溢して「 聴こえてるよ 」と返事を返すと彼女は「 黄昏てるの? 」とからかってくるのを「 ああ 」と答えた。空は緋色に染まり、辺りは、紅葉し始める。秋田の空は、ここと同じくらい紅いのだろうか。遠くを見つめながら受話器に耳を澄ませていると、突然。彼女の受話器に男の声が拾えた。
「 なまえちん〜もう、ダルいからやだぁー 」
「 ちょっ、と!パープルくん?今、電話中なんだけどっ 」
「パープル?」
「 気にしないで!パープルくんはただの後輩だから、デカい子供の後輩 」
「 あー!なまえちんが苛める〜、室ちん。聞いてよ、なまえちんがオレのことデカいだけの男って苛めてきたぁー 」
「 誰が男って言った、誰が 」
「おい、なまえ?」
「 こら、敦。なまえは電話中なんだから、邪魔しちゃ駄目じゃないか 」
「 えぇぇ〜 」
「 えぇぇ〜、じゃない。いいから、敦はあっちで休むこと。いいね? 」
「(オカンか、室ちんとか呼ばれてる男は)」
そんなやり取りを聴きながら、放置されている俺は無性に。腹が立った。そうだな、虫の居所が悪いのかもしれないな、今日は。
「なまえ」
低い俺の声に、あいつは吃驚して慌ててそのパープルくんと室ちんとやら二人を追いだした。それから、咳払いをして「 花宮くん? 」と恐る恐る声をかけてくる。返事をしないでいると彼女は、慌てていて。次の行動を何パターンもの予想しながら、出方を待っていたら。
「 ウィンターカップ。そっちに行くから 」
「はあ?……って、お前」
顔中に体温が上昇してくる感覚に、むずがゆくなる。つまりは、そういうことなんだろう。
向こうも気恥かしいのか、動作の音まで拾えた。そして、一拍置くと、あいつは……。
「 だから、っ……そういうこと!……うん 」
「そうか。……言っておくけど、俺の方がお前より期間は長いからな」
「 はあ?! 」
「それから、その日まで待てない」
「 …何言って、 」
「明日、会いに行ってやる。だから、迎えに来い」
恥ずかしい。これは、本当に羞恥心だな。世の恋人たちを俺は尊敬するぞ。緋色の染まる俺を見えないはずなのに、お前は笑って嬉しそうに。
「 行ってあげる 」
って、そんな素敵な返答を返した。
恋は人生を薔薇色に染めてくれるって、どっかの単細胞が言っていたけど。それは、心臓が沸騰しそうなほど、紅い花を咲かせるという意味なんじゃないか、と、俺は思う。

ALICE+