黒子のバスケ
理想じゃなくていい、特別じゃなくていい、ただ平凡でいいのだ。
「皆さん、元気ですね」
「歳より臭いよ、テツ」
コンビニで買った棒付きキャンディーアイスを食べながら、二人で並んでベンチに座って、眺めていた。目の前で繰り広げられている男女の様々な場面を。
「あ、ビンタしたね」
「痛そうです」
「原因は、浮気みたいだね」
「やりたがる人いるんですね、僕は体力ないので無理です」
「うん、男としてそれはどうなの?」
「いいんじゃないですか?女の子としては」
「うーん、まあ、うん」
シャリシャリ、と咀嚼する音が隣から聴こえる。彼女は食べるのが遅い。口が小さいというのが大前提だ。僕は、食べ終わった棒を持て余しながらペットボトルのキャップを外して、お茶を飲む。
「……」
「どうしたんですか?」
棒を思い切り、噛む音が聴こえて彼女の視線の先を辿ると、男女のカップルが互いの身体を触り合いながら愛を囁き合っていた。ゆっくりと視線を再び彼女へ戻すと、勢いよくアイスを食べ終えたのか、その棒をゴミ箱へ投げ捨てていた。
「憧れますか?」
「いや、うざい」
「でしょうね。でも、女の子として、それはどうなんでしょう?」
「いいんじゃない?暑い中わざといちゃつかなくても。あれ、汗のなすりつけ合いだよ?」
「それもそうですね。体臭とか気にしない人たちみたいで、妙なレッテルが貼られていそうです」
キャップを閉めようとすると、彼女がお茶を要求してきた。だから、キャップを緩めて渡そうとしたけど、少しだけ思い留まって。
「テツ、お茶まだ……っ」
こちらへ顔ごと向けた彼女の後頭部へ手を滑りこませて、固定してから、唇を重ねた。
「…ん……っ」
口内へ舌を滑り込ませるようにして、含んだお茶を彼女の喉へ流し込む。喉が上下に揺れるのを目視しながら、口内にある水分がなくなるまで口づけあっていると、舌で彼女の口内を確認してから、離す。口の端から洩れたお茶が流れて、彼女の喉を濡らし、制服を汚した。
そんな彼女の口元をタオルで拭ってあげる。
「いきなりで、驚いた」
「でしょうね」
「どうしたの?」
「いえ……まあ、何でしょう?衝動?」
「中学男子か」
「否定はしません」
「しなさいよ」
タオルを仕舞って、キャップもする。鞄の中へしまえば、一息ついた。彼女へ恐る恐る視線を投げると、答えを待っているかのような弁護士みたいだ。
観念するかのように、僕は、重たい口を開いた。
「特別、なことをしたかった。まあ、あれです……恋人らしいことしてみようかと思いまして」
恥ずかしい、な。誤魔化す様に視線をどこかへ投げ出した。世の恋人たちはこんな言葉を口にするのかと思うと、心臓がいくつあっても足りないという言葉に同意しそうだ。
すると、彼女は沈黙後。
「ふーん。テツでもそういう事、したいって思うんだ。なるほど、なるほど」
どこかにメモするように、彼女はその言葉を繰り返した。
「したい、って表現をされると上を要求されているみたいですね」
「え、そう取れちゃいます?」
「取れちゃいます。まさか、ご所望とは……復習しときます」
「あ、いや。そこまで頑張らんでもいいのでは?」
「いえ、張り切ります」
「そんな、目を輝かせなくても……テツ」
「なんでしょう?」
澄みきった彼女の鈴の音のような、声に居住まいを正す。彼女は、悩みながら首を上下に動かして、視線を彷徨わせて、深呼吸を繰り返す。そんな彼女の言葉を、ただ、黙って待っていると、彼女はしっかりとこちらを見つめて。
「特別なことなんてなくていい。理想を叶えてくれようとしなくてもいい。テツが傍にいてくれるなら、そこが、わたしの特別で、理想なの…です、はい……」
恥ずかしそうに、真っ赤になる頬。彼女も恋人のように頑張っている。いえ、実際恋人同士なんですが。なんでしょう、僕たちは、互いに自制しすぎて、本質を見失っているような感覚にとらわれる。いや、実際そうかもしれない。彼女の言葉に一喜一憂しているのだから、そうだ。
彼女の膝の上でスカートを握る手に、手を重ねて、指を絡ませて繋げば、僕たちは自然と立ちあがって、繋いだ指先を互いに強く、結んだ。

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