黒子のバスケ
「 好きだよ 」そう言えたら、どれほど楽になれるのかな……?
どこに居ても、オレは必ず君を見つけ出す事が出来る。これは、オレだけの特技だ。
「はよーっす!」
「あ、黄瀬。おはようって、もう放課後だけど」
ジャージ姿の彼女が振り返り、社交的な笑みで迎えてくれる。そんな優しい君につけいって、オレは彼女の隣に居座った。でも、触れるか、触れないかの距離で肩を並べて…。
「主将が探してたよ?」
「げぇ、笠松先輩しつこいな…」
「なにやらかしたのよ」
「いや、ちょっと。女の子に手ほどきを…」
「……サイテイ」
「ちょちょっ!誤解を招くような妄想はストップ!そんな如何わしいことはしてないっスよ、断じて」
「誓う?」
「誓います」
「よろしい。…まあ、別に黄瀬の自由なんだから、わたしが口を挟むようなことじゃないんだけどね」
彼女は、お節介だ。人は、お節介という言葉は、嫌味に聞こえるだろうけど。オレにとって彼女のお節介は違う。だって、オレに構ってくれている証拠だから、だから、オレにずっとお節介してほしい。オレを見てほしい。オレだけを考えていて欲しい……。
笑みを張り付けて、ボロボロのオレの笑顔に罅がいつ入るのだろうか、きっと、もうすぐだ。
「黄瀬ぇぇ!!てめぇどこ行ってた、散れ!金髪糞モデル」
「なんか、罵倒文がヒデっすよ、笠松先輩〜」
とび蹴りが背中に入ればわざと大げさに床に扱ける。笠松先輩は、オレのいた特等席に着地して、指定位置だと、当たり前だと、言うのように、見せつけるように、そこにいるんだ。その理想の姿が眩しく、悔しくて、羨ましくて、涙腺が緩む。下唇を噛んで眉を垂れ下げて笑った。
「主将、遅かったですね?部長会議長引きました?」
「ああ。ったく、サッカー部の奴らがいちゃもんつけてきてな…そこから、部費争奪戦が勃発したんだよ。マジで、面倒だったな」
「乱闘じゃないっスか、それほぼ」
後頭部をかきながら、普通に会話をする。笠松先輩は、女子に免疫がないため、どもったりするのが、スタイルだ。だけど、彼女だけには違う。それもそうか。なんせ、彼女だけは、特別なのだから……。
「んで、どこまで終わった?」
「下準備は終わったってところでしょうか。今は、10分間の給水タイムです」
「そうか。なら、オレもアップしてくるから、その間パス練とシュート練始めててくれ。今日は、監督から預かった新しい練習体系をするから、それの調整、いつもみたいに頼むは」
「わかりました。あ、これ、タオルとボトル」
書き込みながら、プリントを眺めていた彼女が、急に何かを思い出して、笠松先輩に差し出した、それは、刺繍入りのタオルで、そのタオルからは彼女と同じ香りがした。
それを受け取ると、笠松先輩は柄にもなく照れながら、無言で受け取る。そんな二人の空気に当てられない内に、少しだけ距離を置いて、自分の世界へ旅立った。
きっと、あのタオルは彼女が洗濯したものだ。裁縫が得意でもないのに、刺繍を頑張りすぎて、目の下の隈が目だっている。指先にも絆創膏が貼ってあった。ボトルの中身も、他のとは違う。先輩の好きな味に仕上がるように、彼女が作ったオリジナルブレンドだ。それを飲めるのは、先輩だけの特権だ。オレが今、持っているスポドリとは訳が違う。
「フッ……」
鼻で笑いながら、世界の終わりを待っていた。
汗が前髪を伝って落ちて行く寸前で、目の前が暗くなる。鼻孔をくすぐったのは、あなたの香りでした―――。
「汗はちゃんと拭きなさい。風邪引いたら、困るよ、エース」
真綿で包む様な、そんなあなたの笑顔に僕はあと、何度泣けばいいのですか?
口から出た言葉は他愛もない、そんな言葉だった。
「ありがとう」

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