黒子のバスケ
「おめでとう」
賑わう人達の温かな言葉と共に、わたしの姉は結婚式を挙げた。涙しながらも幸せそうに笑う姉の綺麗な姿に、うつつを抜かしながらもその隣で、わたしの十年の想いの化身がそんな姉を慰めていた。カラな拍手をしながらも、視線は二人を焼き付けるかのように固定されたまま。
わたしは、うん、とも、すん、とも思わずに、ただただ、見つめるという行為だけを行っていた。ぼんやりとしながら、突っ立っているわたしの背中にひじ打ちをしたのは、誰でもなく、彼でした。
「暇そうですね」
「ったぁ〜……なによ、黒子」
「重いんで手伝ってください」
「何で女のわたしに言うのさ」
見下した眼差しが降り注がれる。「 オマエが女?はっ! 」とかそういう眼やめてくれませんかね?
ドレスの裾を直しながらお断りというように、手を振る。
「悪いけど。わたしには大役があるの」
「何ですか?」
「……ふふ」
笑って黒子の前から立ち去る。
重いドアを開けながら、中を見る。そこには、緊張しながら椅子に座って準備を整え終えた姉がいた。綺麗な純白のウェディングを着て……。
「なまえちゃん」
「遅くなってごめんね。すぐに準備するから」
忙しく中に入り、わたしは着ているドレスをその場に脱ぎ捨てる。ハンガーにかかっている白のタキシードを慌ただしく着ながら、その着つけを手伝う人に準備をいそいそと急かされる。
お父さんに頼めばよかったのに……。でも、それが出来なかった。お父さんはこの結婚を承諾していない。姉よりも年下のしかも学生の男との結婚など許すはずもなく。結局味方したのは、わたしとお母さんだけだった。この結婚式は知っている知人だけの小さなモノで、姉のバージンロードを務める男を探そうとしたら、お姉ちゃんがわたしを指名したのだ。本当は、ドレスのままでいいって言ってくれたけど、せめて、ちゃんとした結婚式を挙げさせたくて、わたしはタキシードを着ることにした。それも白を。まあ、この色を選んだのはお姉ちゃんなんだけど…。
「やっぱり、なまえちゃんは白が似合うね。あの人は本当駄目だった」
「色黒だからね、あいつ」
くすくすと姉の調子に合わせて笑いながら、メイクを施される。この日に合わせて長かった髪を切ったわたしのその短い毛先に姉が触れる。今にも泣きそうな顔で姉は呟いた。
「ごめんね」
「……何言ってんの。二人だけの姉妹なんだから、全然平気だよ?」
くすり、と笑ってそう言えばお姉ちゃんは涙を流して、笑った。「 そうだね 」って言いながら…。
ドアのノック音に振り返れば、遠慮がちに新郎が入って来た。やっぱり色黒だ。
「オマエほんとっ、着たのな」
「なまえちゃんがタキシード着るっていうから覗きに来たんだけど……かっこいい!」
「さつき」
立ち上がるとさつきがこちらまで駆けて来て、わたしの腕にしがみつく。
「どう、大輝?かっこいいでしょ?私の妹」
「本当にな。お前の方が新郎なんじゃねぇか?」
「まあね」
「うわっ、こいつ」
そう言って、わたしの短くなった髪をわしゃわしゃとかき乱す。文句を言うお姉ちゃんとさつきに挟まれながら苦々しく、笑った。
そこへ、時間を教えに来てくれた黒子がやってきて、お姉ちゃんと大輝は扉へ向かいさつきも参列の方へ急ぐ。一人取り残されたわたしは上着を羽織って、髪を整える。行こうと振り返った瞬間、黒子がまだいたので、驚いた。
何かを言いたげな顔をして、でも、何も言わずにわたしのネクタイに手を伸ばして。
「曲がってますよ」
「ああ、ごめん……」
「なまえさん。これを」
そう言ってポケットに差しこまれたのは、青い花だった。
「ありがとう」
そう言うと、黒子は「 どういたしまして 」とだけ言ってわたしと一緒に向かった。教会へと。大きな重い扉の前で姉の隣に立ち、腕を組む。緊張しながら、二人でその重たい扉を開けて、彼女の愛する人へと続くこのバージンロードに足を踏み入れた。
もう、泣かないよ?だって、どんなに泣いても答えは決まっているから……。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「おめでとう」
シアワセに、なってね?わたしが一生に一度だけ恋をした彼と―――。

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