ハマトラ


お前はよく、一番になりたいと言う。
何度もぶつかってきては、上を目指すお前に俺は………。



「ん……」



喫茶店のテーブルの上に腕を組んで眠る彼女の寝息が聞こえる。マスターと小猫とはじめちゃんは三人で何やら談笑をしているようだ。それを確認しながら俺はテーブル席の椅子に座って目の前で健やかに眠る彼女の寝顔を見つめていた。

最近、大学が忙しいのか彼女は目の下に隈を引き連れてやってきた。小猫の断りきれない言葉の羅列に負けて、彼女はここで眠っていた。

ソファーの上に寝転んでもいいとマスターが提案したけれど、それを断って彼女はテーブルの上に頬を寄せて瞳を閉じた。
頑なにそんな姿を見ては誰も口に出せなかった。

健気に愛しい人を待つ彼女のその姿勢に、態度に、想いに……俺はどこか羨望していた。
マスターに入れてもらったダージリンのティーカップを揺らして、俺はそれに口をつける。普段、紅茶など飲まないけれど、これは彼女が好んでよくマスターに入れてもらうもの。そのお古を俺は喉へと流し込む。食道を通っていく過程の中でダージリンという品種の香りが鼻を通り、それが余計に胸を焦がした。


ああ、これは彼女の香りに似ている。


ティーカップを興味ないようにティーサーに置き、彼女のあどけない寝顔へ指先を伸ばす。触れるか触れないかの距離で指先が躊躇い、前髪がかすれる。
彼女の黒髪が、とても愛おしかった。彼女の肌が真っ白だったことに無性に腹が立ち、自称気味に笑った。
簡単なこと。単純なこと。それさえも俺は出来ない。お前はよく言ったな、俺に。「 なんでもできる 」と……、どうだ?これが何でも出来ているように見えるか?

滑稽で情けないにも程があるだろう……?なあ、ムラサキ―――。

カラン、と店の来店ベルが鳴る。カツン、と靴音を鳴らしてそいつはやってきた。周囲から持て囃される男前の登場だ。
周囲を確認しながらあいつは彼女の存在に気がつくと躊躇いもなく彼女の傍までやってきて、そっと髪に触れた。髪をよけ、頬に触れ、撫でる。



「なまえ」
「んん……」
「はあ……。すまん、ナイス」
「別にいいよ。なまえちゃんも疲れてるみたいだし」



いつもの笑みでそう答えればムラサキは「 すまん 」ともう一度謝った。その謝罪が俺の米神を刺激した。ああ、腹が立つ。

頬を指の腹で撫でながら彼女の隣に腰掛けて上着を脱ぎ、彼女を自分の方へ引き寄せ倒す。彼女の頭が自然とムラサキに倒れかかり、そのままあいつの膝の上に落ちる。上半身にかけたあいつの上着。香りが濁る。混ざって、混ざって、濁る。

マスターがムラサキに持ってきた飲み物にさえも、スプーンを鳴らす。

彼女と一緒に居るときは必ずブラックコーヒーは飲まないムラサキ。何故なら紅茶の香りを邪魔する存在にしかならないからだ。だから、あいつが飲むのはアールグレイ。
カップを傾けたあいつが俺の飲み物に気がつくと笑った。



「珍しいな、お前が紅茶なんて」
「そう?なまえちゃんが美味しそうに飲むから気になって」



笑みを浮かべてくるりとカップを回すとムラサキは「 そうか 」と深い意味には捉えない。
テーブルの下で眠る彼女の重さを愛おしげに感じるムラサキの表情は、誰よりも柔らかかった。

ああ、喉が冷えていく。

そう思って、冷めたカラメル色を飲み干した。



(お前は誰よりも俺の欲しい一番を手に入れている)
(羨ましいよ、ムラサキ)


20140310

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