黒子のバスケ
無性に泣きたいときは、あなたにはありますか?
わたしは、人よりその衝動が起こることがとても多いと自負します。それは、本当に、アクションが起こらない時も流れます。無意識に流れる時もあります。でも、一番多い瞬間は――――。
「……っズ……ズズ」
裏庭にある大きな木の下で、待ちぼうけしながら昨日買った漫画を手に読みふけっていたら、その世界観にのめり込んでしまった。登場人物の女の子の大切な人がこの世から去り、その去る原因を作った二人の犯人を懲らしめるために、仕組んだ罠が完遂した彼女のその、沈黙の表情。その鮮明な描写にわたしの視界は歪み始めて、ついには、知らずの内に漫画を濡らしていた。落ちる雫が持つ手に辺り、そのまま流れて行く。
鼻水まで出る始末になりながらも、鼻を啜りページを捲る。この主人公は、どんな気持ちなのだろうか?好きな人がなくなってしまい、それが自身の身近な人物たちだったときの彼女の心境は如何様なものなのだろうか?怒りが先に出るのだろうか?それとも悲しみ?遣る瀬無さ?……わたしは、どうするのだろう?もし、笠松がわたしの知人に殺されてしまったら、わたしは………。
瞳を閉じて、瞑想した。暗闇の中に浮かび上がったのは、笠松の笑顔だった。眩しい程、バスケしている姿だった。汗を流しながらも、必死にボールを追いかけて、怪我してもそれでも、楽しそうにバスケをする姿だった。わたしが好きになった笠松の姿。
閉じた瞼から、頬を伝って、静かに涙の筋が流れていった。
「――なまえ」
愛しい人の声がする。わたしを、まだ、呼びかけてくれるあなたの生きた声。静かに瞼を開くと目の前には、呆れたような表情をする笠松の顔が映る。
「……部活、終わったの?」
「ああ。んで、来たらオマエ寝てるからっ」
そう言って、笠松はわたしの真横に腰を下ろした。そして、こちらを向くと困ったような笑みを見せてわたしの頬に指先が触れて、親指が目元をなぞった。
「オマエ、また泣いてたのか?」
「うん……この話が感動物だったから」
「いっつも言ってないか?」
「うん…どれもいい作品だから」
「あっそ」
そう言って、わたしの涙をかき消す様に優しく拭ってくれるその当たり前の温もりに、再び涙を流してしまう。
「おい。拭いても拭いても取れねぇんだけど?」
「うん……ごめん……」
はあ、って溜息をついた笠松がまた呆れたような微笑みながら聞くのだ。わたしの可笑しな茶番に。
「今度は、どんな内容だったんだ?」
「好きな人を知人に殺害されてしまって、復讐する話だよ」
「……えげつねーな、その話」
「そうだね。でも、綺麗な話だった」
「どこがだ」
「死んでも尚、主人公は彼を好きで居続けるところが」
「……そいうもんか?」
「だって、色褪せることなく彼だけを想い続けるなんて、愛だよ!」
両手を広げて立ち上がり興奮気味に笑うと、笠松はふん、と鼻息を鳴らして。
「…俺だったら、別の奴と幸せになって欲しいけどな」
「……必ずしも、他の人と幸せになることがそうだとは限らないんじゃない?」
返ってきた返答が気に入らなくて、反論すると。笠松はわたしを見上げて手招きをした。なので、腰を曲げてしゃがみ込むと腕を引っ張られて、唇を寄せられる。
「っ!」
突然の出来ごとだったために、驚いてしまうわたしを余所に笠松は真剣な顔をして。
「オマエには幸せになって欲しいから」
譬え、俺とじゃなくても――。小さな囁きから聞きとれた言葉は、そんな言葉だった。その言葉の意味深さにわたしは、下唇を噛みしめて涙を流した。止める事など知らない、涙の洪水を。
「うぅ……わたしを幸せにするのは、笠松だよ!他の誰かなんて嫌だよ!」
「おおいっ!子供みたいに泣くなよ……ったく」
面倒だなって言いながら笠松は、わたしを抱きしめて背中をポンポンとリズムよく叩いてくれた。
わたしが、もし、彼女の立場になったとき。多分わたしも、彼女と同じ行動を取りながら泣くと想像した。

ALICE+