黒子のバスケ
傅いてあげよう。
「っつぅ」
「……どうした、なまえ?」
「ぁ、いゃ。なんでもない……っ」
両手を顔の前で左右に振りながら、誤魔化して笑った。久しぶりの二人きりの休日デート。やっぱり最後まで楽しみたいと思って、つい、嘘をついてしまった。緑間は訝しげにわたしを見つめてから、視線を逸らして先を歩きだした。そんな彼の一連の動作を確認してから、視線を自身の足元へ持っていく。黄緑色のサンダルに縛られている隠れている足指の辺りに豆が出来ていた。
歩くたびに、実に、痛い……。
ぎこちない歩みで緑間の後をついて行くように顔を上げた瞬間。緑間の姿が消えてしまった。思わず振り返ったり、左右を見渡したり、焦った。この多くの雑踏の中でたった一人、道端に立ち止まってしまったわたしに、嫌な感覚がよぎる。
その直後。肩がぶつかり、前のめりになると今度は後ろからぶつかり、その反動で、豆が潰れた痛覚を感じて、悲鳴を呑んだ。痛みに耐えていると再び前からすれ違う男性に、ぶつかり、今度こそ車道へ傾いた身体は、急に力強い誰かの腕によって引き寄せられその、覚えのある胸板に頬を押しつけられ、肩を抱かれた。
息を吸うと、探し人と同じ香りがして、ふいに、瞳の端に涙が溜まった。安堵していると頭上から、焦ったような彼の声が響き渡ったと思ったら、急に身体を突き離され温もりが剥がれてしまう。でも、彼の必死な形相がわたしの視界を支配した。
「大丈夫なのか!?」
「…っ、…。だい、じょうぶ…」
「……そうか」
そう答えると彼は、安心したように微笑み再びわたしの肩を引き寄せて抱きしめて来た。それはまるで、クッションを抱きしめるような真綿にくるまれるような感覚にわたしは、呆然とした。だけど、彼の心音の速さに、瞳を閉じて、その甘やかな抱擁に頬を染めた。
普段から、クールぶっているツンデレさんで、少々感覚がずれている彼だけど。でも、こんな風に余裕をなくす必死な彼の表情は、初めて出会えた気がして、嬉しかった。
雑踏の街中で、暫く抱き合っていたら、周囲の視線に気がついて彼はわたしの腕を掴み、早歩きでその場を後にした。
ベンチに付くと、彼はわたしを座らせた。そしてコンクリートに膝をつき。わたしの目の前で膝まついたのだ。
「足を出すのだよ」
「……」
何を言い出すんだ、こいつ。
思わず、言葉を失ったわたしは口を真一文字に結んだ。そして、足を出せと自身の片方の立て膝をポンポン、叩いて促してくる。
「な、なんでっ。出さなきゃいけないのよ……」
「俺が気がついてないとでも思っていたのか?」
その言葉に、視線をベンチに落としていたわたしの顔は反応して彼の瞳を見つめてしまう、わたしの瞳。真っ直ぐに見つめ合うと彼は、溜息を溢しながら、わたしのサンダルの留め金具を器用に外してわたしの足を膝の上に乗せた。
そして、いつの間にか片手に用意されていた絆創膏のフィルムを剥がし豆の出来た所へ張り付けて来た。
「いつから、…気がついたの…?」
「最初からなのだよ。俺を甘く見るな。無理などされても、困るだけだ」
そう吐き捨てるように言いながら、顔を上げた緑間の表情は苦笑だった。困ったように眉を寄せて子供に「 ばかだな 」って言うかのようなそんな穏やかな表情を見せられて、わたしは不覚にもドキドキしてしまった。恥ずかしい……。
掌でにやけた口元を隠して視線を逸らす。
「…ずるい…」
「何がなのだよ」
小馬鹿にしたように笑いながら、その眼だけは優しかった。そうしていると、いつの間にか両足のサンダルを脱がされてしまい。緑間は携帯を作動させて何やら電話をかけていた。それが数分で終わるとわたしの元へ戻ってきて隣へ腰かける。
「デートの終わりなのかな?」
「お前がそんな足では、デートも何もないだろう」
「……そういう流れになるから、黙ってたのに」
小声でそう呟くと、緑間はそっぽ向いてしまった。「 やせ我慢するな 」と一言余計な言葉を残して。
数分すると、目の前にリアカーが突進してきた。急ブレーキをかけて止まると、その運転手が開口一番に吐いたセリフは。
「緑間ってめぇ、禿げろ!!!」
「仕方ないのだよ」
「マジで、お前のための休日じゃねぇんだぞ、そこんとこわかって言ってんだろーな」
「暇そうなオマエを誘ってやっただろう」
「禿げて死ね」
「黙れ」
火花が散っている二人を傍観しながら、あれ、高尾くんってこんな風に緑間に接していたっけ?もっとこう、緑間をからかって遊んでいるようなイメージだったのに……。逆に見える。
ごしごしと擦っていると次の瞬間身体が浮遊した。
「っな、なにっ?!」
「暴れるのはやめたほうがいいぞ」
「みどりまっ?…!」
顔が急激に熱を帯びた。当たり前だ、緑間がわたしをお姫様抱っこしているのだから。
「いいから、黙るのだよ。歩けない癖に、意地を張るな。わかったな」
命令口調に、反論も出来ずにわたしは押し黙ったまま緑間の服を掴んだ。リアカーに乗れば高尾が漕ぎ始める。真っ赤になった頬を覚ます様な切る風は、わたしを微笑ませたのだった。
(真ちゃんって、実は尽くすタイプっしょ)
(うるさい)
(彼女の笑顔を護るためにっとか!)
(ほぉ、オマエの口は不要らしいようだな)

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