黒子のバスケ
感謝の気持ち。
いつも、俺を起こすのはあいつの透き通るような声。
「青峰くん。起きて、遅刻するよ」
「…んぁ…?あ、ああー、なまえ?」
「うん。ご飯食べて、学校行こう?」
「ああー……ん」
ぼやけた思考の中でたった一つ理解している事は、なまえの微笑み。首を縦に振って、大きな欠伸をしながら、起き上がるとなまえは俺の制服の準備と鞄を持って、先に一階へ降りて行った。その後姿をぼんやりと眺めながら、身体は自然と立ち上がった。
今日も、世界は回り出した。
パンをもぐもぐと器用に動かしながら食べて歩く。その隣にはいつも、なまえがいた。何を喋る事もなく、ただ、傍にいた。朝は会話をしたいとは思わない二人の意見は一致していたため、それでいい。そこへ、やってきたのは幼馴染の桃井さつきだった。
「いつも、おつかれさま。なまえちゃん」
「おはよう、桃ちゃん」
「お前の第一声はそれかよ、さつき」
「あれ、いつも遅刻の常習犯がおはようって万国共通語なんて覚えてたの?」
「うるせぇーな」
何も言えない俺に、さつきは笑う。そんなやりとりを静かに見守りながら笑うなまえの姿に、視線を奪われつつ、さつきの癇癪気味た小言を垂れ流す。
「――もう。大ちゃんはさ。こーんな!可愛くて尽くしてくれるなまえちゃんに感謝すべきだよ!それよか、勿体ないと思うんだよね」
寧ろ、私がもらいたいよ〜。となまえにしがみつくさつきを、睨む。これも毎回のやり取りだが、ムカつく。それを察しているのか、いないのか、なまえの反応はいつもどこか、大人びている。
「ほら、桃ちゃん。今日は日直じゃなかったの?早く行かないとまた言われちゃうよ?」
「あっ!そうだった!ありがとう、なまえちゃん!また休み時間にね!」
そう言って、さつきは慌ただしく走り抜ける。そんな姿に手を振りながら対応する、なまえ。俺とさつきは同じクラスだが、なまえとは別のクラスだった。しかも、一番端と端のクラス。間隔がなげーこと、なげーこと。それにさえ、腹を立てつつなまえを見降ろす。
こいつは、何も文句は言わない。俺が言っている分すら言わない女だ。溜めこんでいると思う。だけど、こいつは言えと言っても言わない女だ。言いたくないのか、知らないが。俺は時々柄にもなく心配になる。もっと、俺の前だけは甘えても、素を出してもいいのにと――。
結局、俺自身の願望になると鼻で笑った自身の思考。そんな姿をずっと見ていたように、なまえは俺に微笑みかけた。その笑みも好きだ。
すれ違う、生徒の雑踏の中で立ち止まった俺に腕を引かれたなまえの唇に触れた。
それは一瞬の瞬間。瞬きの間に行われた事柄。眼を見開いて俺を見上げる見慣れた顔に、髪をとかす様に触れた。
「ありがとな、なまえ」
その簡易な言葉の意味を、あいつは理解したのちヒマワリのような笑顔を見せてくれた。
(あ〜、いつもおいしそうなお弁当だよね〜)
(お前にやるモンはねぇぞ、さつき)
(桜井君のキャラ弁にも勝る程の栄養バランス完璧なこのお弁当……愛だね)
(桃ちゃん……)
(恥ずかしがってかわいいな、なまえちゃんは!)
(お前も、少しは見慣れよ)
(大ちゃんには勿体ないほどだよ…。私にもお弁当の作り方教えて!)
(わたしはそんな料理上手くないよ?でも青峰くんにおいしいって言われたいから)
(っ……うめぇよ、ぜんぶっ)

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