ハマトラ


「今が旬だよ」



スーパーの一角である八百屋の主任らしき人物が声を張り上げた。
その宣伝の目下にいるのは苺のようだ。そう言えば彼女が言っていたような気がする。


苺が食べたいと……。


今は税制の危機。食べ物も物価が高くなり主婦たちはため息を溢すばかり。旬の物を旬のうちに食べるという風習や風流なども中々に虐げられているような気がする。
手元に握られている紙に視線を走らせる。少し丸みのある字で今日の献立が書かれた材料が一覧として記載されてあった。
僕が彼女に相談せずに買い物をすると彼女はとても嘆くのだ。いや、それはそうか。僕には食べるという行為に行動を充てているだけの男。彼女のように食べ物を幸せに感じる趣向の持ち主ではないのだから…。でも、彼女の作る料理は僕の機械的な舌にも感動を引き寄せる。

つまりは、彼女の手料理が好物となる訳で……。

視線を下げて赤いつぶつぶを見つめる。果物の中で特に好きだと言っていた彼女の好物。
緑の籠には彼女の所望された食材たちが陳列している。少しだけ笑みを溢した。



「ただいま」



自宅に戻るとキッチンの方からエプロンを身に着けた彼女が出迎えてくれた。



「おかえり、アート」



愛らしい笑顔がそこに待っていたのを見つめながら僕は袋を彼女に手渡す。



「ちゃんと買えた?」



荷物を受け取りながら彼女はからかうような眼で見ながら中身を覗いて確認していた。



「一人でおつかいも出来ないみたいに言わないでくれ」
「あら、前科持ちの人がよく言うね」
「……反省してます」
「よろしい」



袋の中に言われた通りのものが入っていることに満足した彼女は、笑顔で僕に振り返る。
エプロン姿の彼女は何度も目にしているがそれでも、愛らしいと毎回思ってしまう。



「待ってて。もうすぐ出来るから」
「ゆっくりで構わないよ」



キッチンへ消えていく彼女の後ろ姿を眺めながら僕はリビングのソファーに腰掛ける。すると後ろからまな板をノックする音がするから、そのリズミカルな音に合わせて耳をすませた。
温かな空間というのは、きっとこういうことを言うのだろうと柄にもなく思った。



「ねぇ、アート」
「ん?どうしたの?」



読んでいた本を閉じると彼女の手にはあの時のオススメされたものがあった。



「やっと気がついた」
「これ……高かったんじゃ」
「いや?安売りしていたんだ。ちょうどね。なまえは確かいちご好きだったよね」
「うん……」



瞳を輝かせていちごを見つめる彼女の嬉しいようなと悩む困惑した表情に、僕は彼女の頬に指先を伸ばして触れた。



「いつも僕のことを心配してくれてるお礼だよ。受け取ってくれる?」
「大したことじゃないよ。心配なんて大袈裟」
「そう?」
「わたしが勝手にアートの心配をしたいだけで、こんなことを望んでいる訳じゃ」
「見返りだなんて思わないでよ。これは僕が君に楽しんでもらいたいために買ってきたんだから」
「でも……」
「なまえは僕に食べる幸せを教えてくれた。なら僕は、君に旬の物を食べさせたいだけなんだ」



そう言って、彼女の手元にあるいちごへ手を伸ばしてヘタを取る。そして彼女の口元に持っていき微笑むと。彼女は嬉しそうに笑って口を開けた。美味しそうに食べる彼女の姿に、また実感することになる。


誰かと食べるご飯も美味しいというのは、その誰かが、自分にとって大切な人だった場合に適応されることなのだと―――。



20140309

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